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2007/10/26


奥尻 鍋釣岩 Okushiri Nabetsuru-iwa Okushiri Nabetsuru-iwa Rock

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鍋釣岩(なべつるいわ)は、北海道奥尻島、奥尻港のすぐ南の海にぽっかりと浮かぶ高さ20mの奇岩。奥尻島のシンボルとなっている。
 岩の中心部が自然侵食され、空洞により鍋の弦(つる)のように見えることからこの名が付いた。自然の造り上げた芸術として見ごたえ充分である。毎夜19~22時にはライトアップされ、幻想的で美しい姿を見せてくれる。
 鍋釣岩の対岸には鍋釣岩展望台が整備されており、そこからゆっくりと眺めることができる。自然の作り上げた奇岩を見ながら、改めて波の力や自然に思いを馳せるのもよい。
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2007/5/31


瓜裂の清水 Uriwari-no-shimizu Split-Melon Clear Water

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 富山県庄川町は水の町。飛騨の山々から庄川に水が流れ出し、五箇山を流れ下って砺波平野に出てくる扇頂に位置する。南砺の山々からは豊富な水が流れ出し、砺波平野を潤す。その南砺の山々の山腹や麓にはたくさんの滝が流れ落ち、清水が湧き出ている。この庄川町には、「全国名水百選」の「瓜裂清水(うりわりのしみず)」がある。
 庄川町にある岩黒団地の小高い段丘の下の道路脇にある浅い洞窟の中には数体の石仏があり、その仏たちが見守るようにこんこんと湧き出る清水が「瓜裂清水」である。今から約600年前、井波にある端泉寺の開祖、綽上人がこの地を訪れた際、馬の蹄が突然陥没し、その跡から清水がこんこんと湧き出た。この水で瓜を冷やしたところあまりの冷たさに瓜が自然に裂けた、とされる。炎天つづきの際にも涸れることのない清水は、霊水として崇められているという。
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2007/2/12


鶴見古墳 Tsurumi-kofun Tsurumi Ruins

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 国指定史跡「川部・高森古墳群」(宇佐風土記の丘の古墳群)は、6基の前方後円墳を中心として、周辺に約120基で構成される。それぞれの前方後円墳は地形的には独立した場所に営まれ、その方向もバラバラである。前方後円墳以外の墳墓は耕作などによって墳丘を失い、現状では墓と認識できないものが多いが、前方後円墳を中心に、このように多数の周溝墓が集中する遺跡は大分県内ではここだけ。九州内においても特徴的な遺跡で、規模も宮崎県の西都原古墳群(約320基)に次ぐ。
 「鶴見古墳」は、赤塚古墳に始まる川部・高森古墳群の中で、最後に造られた前方後円墳で、6世紀の中頃に築造された。この古墳は、赤塚古墳の被葬者から代々にわたって宇佐地方を治めた首長の系列を伝える最後の古墳。また、古墳時代後期の葬送の典型的な一例として重要な位置を占めている。
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2007/2/6


銭洗弁財天 Zenuarai-benzaiten 

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 銭洗弁財天(銭洗弁財天宇賀福神社)は、神奈川県鎌倉市佐助にある神社である。祭神は、宇賀福神、水波売神。
 平安末期、鎌倉は災害が続き、貧困にあえぐ庶民のために源頼朝が祈願した。
 すると、巳年の文治元(1185)年の巳月、巳の日の巳刻、宇賀福神から「この福水で神仏を供養すれば天下泰平に治まる」という夢のお告げがあり、創建されたと伝えられている。
 この話が発展して、いつの頃からか、その霊水でお金を洗うと倍になると言う信仰が生まれた。
 鎌倉五名水の一つであり、巳の日の縁日には参拝者で賑わう。
 洞窟の口もとに社があり、社には宇賀福神が、洞窟の中の社には銭洗弁財天が祀られている。
 銭洗弁財天は、古い伝説に基づく信仰が今も生きる場所である。
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2007/2/5


夷耶馬 Ebisu-yaba 

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 竹田川上流の西谷と東谷その中間の中山仙境あわせた地域一帯を夷谷といい、奇岩怪石のそそり立つ様に思わず目を奪われる耶馬溪式景観は一路一景に選定されている。
 夷村は、夷耶馬と呼ばれる中山仙境を中にして東夷、西夷に分かれ、それぞれに良く似た割石がある。東の方は霊仙寺の西上に、西の方は横岳の上にある。石の大きさはどちらも直径が約10メートル、どちらも30センチ程の割れ目が真ん中にある。この二つの割石は、兄弟割石と呼ばれ、不思議な云われがある。この割石のそばで猟をしていた人が突然いなくなったり、住処にしようと入った獣がいなくなったりしたという。割石には似たような洞窟が続いており人も獣も一度足を踏み入れたら出口がわからなくなると言われ、悲しい事に、割れ目に入って亡くなった人を弔うお墓が、今でも割石のそばにある。
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2007/1/29


大迫磨崖仏 Osako-magaibutsu Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市千歳町にある大日如来の磨崖仏。
 天文二(1533)年、日羅作と伝えられる。高さ3・2メートル、凝灰岩の壁に彫られており。石で体を作り、顔や手足は粘土、衣は漆喰を使う「石芯塑造(せきしんそぞう)」という技法で建立された。
 顔の半分以上を塑土が覆う強面と大きな胴は独特の雰囲気を持ち、参拝するものを幽玄の世界にいざなう。
 古来より牛神として地元の信仰が厚く、諸祈願が霊験あらたかであるといわれることから参拝客も多い。
 祭日は1月28日、8月27日の年二回。昭和51(1976)年、大分県重要文化財に指定。
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2007/1/26


震動の滝 Sindou-no-taki Shindo Waterfall

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 震動の滝は、大分県玖珠郡九重町にある、「日本の滝百選」に選ばれた滝である。
 景勝地、九酔渓の南にあり、鳴子川の途中にある。落差93メートルで、滝つぼはないが大変美しい滝である。
 滝の左側には38度の温泉が噴出しており、右側絶壁には鍾乳洞が2箇所ある。その洞内にも温泉が湧いている。
 震動の滝の名の由来は、呼んで字の如く、瀑布によって辺りの山野が震動してしまうほど勇壮な滝といった意味合いからである。
 神通力に悩む竜神が、力を取り戻すために娘の生け贄を求めたが、部落のものが生け贄の約束を守らなかったので水を干上がらせ、村に火を吐いた。結局最後は娘の代わりに餅を差し出し難を逃れた、と言う竜神伝説が伝えられている。
 震動の滝は、勇壮で豪放な素晴らしい名瀑である。
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白山渓谷 Hakusan-keikoku Hakusan Ravine

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 白山川は中津無礼(なかつむれ)川と奥畑(おくばた)川を総称して呼ばれる。全国名水百選や水の郷百選に選ばれた清流。
 鬼が断崖をくり抜いたといわれる「ほげ岩」を始め奇岩、巨石に富み、一角には全国でも珍しい「稲積水中鍾乳洞」がある。
 この鍾乳洞は20万年前の氷河期に形成され、8万5千年前の阿蘇火山大爆発によって水没し、現在の形が創られたと伝えられている。
 渓谷源流にある、落差7メートルのV字谷を連続して落ちる「鮎返りの滝」、落差30メートルの「鹿落としの滝」の絶景、夏には渓谷に数十万匹のホタルの乱舞等、手つかずの自然がそのまま残されている。
 源流部の水は、そのまま飲用に適し、道路脇の渓谷前の広場には、大分県知事が名水の功績を称えて寄贈した「水資源功績の碑」が建てられている。
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