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2008/1/24


アイヌ古式舞踊 Ainu-koshikibuyou 

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 北海道一円に居住している、アイヌの人々によって伝承されている芸能を「アイヌ古式舞踊(こしきぶよう)」という。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 豊かな、そして厳しい自然の中でアイヌ民族独自の歌や舞がうまれ、祭祀の祝宴や行事の際に踊られるものである。
 「アイヌ」とはアイヌ語で「人間」という意味である。アイヌの人々は、自然から習得した知恵と工夫、また生活習慣や信仰が、親から子へと大切に伝えられてきた。
 祭祀や行事のときに、ウポポと呼ばれる歌と、リムセと呼ばれる輪踊を基本に踊られ、動物のしぐさを真似た「鶴の舞」や儀式的な「剣の舞」など多様な舞が伝承されている。これらはアイヌの主要儀式の際に踊られ、また家庭での行事の際の祝宴などで踊られいたもので、現在では道内の様々な祭りでも披露されるようになった。
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2007/12/4


ちりかん Chirikan 

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 ちりかんは、頭の飾り部分がバネで支えられている、古典的な簪(かんざし)である。
 簪は、女性が髪を結う時に使う日本の伝統的な装身具であり、特に江戸時代後期には様々な種類の物が作られ、髪を飾った。
 ちりかんは他のかんざしと大きく違い、下がりだけでなく飾りもゆらゆらと揺れる簪で、土台の先端に細いスプリングを取り付け、さらにその上に飾りを付ける事で、飾り自体がゆらゆらと細かく揺れる仕組みになっている。
 飾り同士が揺れてぶつかり合うと金属的なチリチリという音をたてたことから、「チリチリ音のする簪」で、ちりかんと呼ばれるようになったと言われている。
 芸者衆などが前差として用いる事が多く、舞妓がお座敷を務める際に使われたり、日本舞踊など日本髪のかつらをつけての踊りに広く使われている。
 ちりかんは、揺れる飾りが若々しさを表す、伝統の髪飾りである。
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2007/10/23


長唄 Naga-uta 

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 長唄(ながうた)は、江戸で歌舞伎音楽として発達した三味線音楽の一種で、劇場に結びついて主に歌舞伎の舞踊の伴奏をつとめた。
 初代・中村勘三郎の弟の杵屋勘五郎(1615~1699)により始められたとされ、語り物である義太夫や清元に比べて、音楽性が高い。
 浄瑠璃の影響を受け、語り物の要素もあり、伴奏には三味線のほかに囃子も加わる。長唄の囃子は能の囃子に用いられる楽器をそのまま流用し、笛、小鼓、大鼓、太鼓で構成される。
 のちには、歌舞伎に関係なく作曲されるようにもなった。
 長唄は明るい声で歌われるので、それに合わせて三味線も軽やかな音色で演奏される。
 代表曲として、「勧進帳」「京鹿子娘道成寺」「越後獅子」「藤娘」「連獅子」などがある。
 長唄は、歌舞伎の伴奏として発展した伝統芸能である。
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2007/10/12


杉原紙 Sugihara-gami Sugihara Paper

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 杉原紙は、兵庫県多可町加美区に千年以上受け継がれている伝統工芸品だ。
 奥深い谷からこんこんと湧き出る冷たく澄んだ水と、雪の舞う厳しい気候風土に育まれた楮(こうぞ)により生まれた杉原紙。
 奈良時代から歴史がはじまり、他の地方より進んだ製紙技術で写経用紙や薄紙を製造。紙の質・生産量ともに日本一と呼ばれた。しかし、時代の推移とともに洋紙に取って代わられ、大正十四年、杉原谷での紙漉きは幕を閉じたのだった。
 町をあげて日本一の名紙と謳われた杉原紙の保存に取り組むようになったのは昭和四一年から。杉原紙発祥の地の記念碑を立て、昭和四七年には杉原紙研究所を設立、昔ながらの製法で紙漉きを再開、現在では年間700キログラムの紙を生産している。昭和五八年には、県の重要無形文化財に指定されるまでに復活を遂げたのである。
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2007/8/27


群馬 茂林寺 Gunma Morin-ji Morinji Temple

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 群馬の茂林寺は、群馬県館林市堀工町にある曹洞宗の寺である。本尊は、釈迦牟尼仏。
 応永三三(1426)年、大林正通禅師が開山した大寺で、たぬきが茶釜に化けて和尚さんに恩返しをする、童話「文福茶釜」の舞台として知られている。
 寺には今も分福茶釜や古文書などが大切に保存されているばかりでなく、ユーモラスな表情をしたたぬきの焼き物たちが境内で参拝者を出迎えてくれる。

 また、2002年から4月には狸桜祭を開催している。薩摩琵琶「分福茶釜」の演奏や、講談、舞踊などが披露され、先着100名には餅が振る舞われる
 茂林寺は、文福茶釜とたぬきに彩られた楽しい寺院である。
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2007/8/17


庄内神楽 Syo-nai-kagura 

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 神楽は、祭典の時に神前に奉納される歌や舞である。大きく、宮中で行われる雅楽や伎楽の宮廷神楽と一般の神社の神事芸能の里神楽に分けられる。
 庄内神楽は、大龍地区にある愛宕地蔵にある古文書に1778年に、御堂造営の際、神主らによって神楽が奏でられたとある。明治の初期には、同好会的な神楽集団が組織される様になり、現在の神楽座の基となっている。
 庄内には大きく分けると、娯楽性の高い10の庄内地区系と、伝統を重んじる2つの阿蘇野地区系の二流派の神楽座がある。両派とも庶民の神楽として古くから伝承され、比較的に早いテンポにのって勇壮に、時にはユーモラスに舞う里神楽である。
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2007/8/10


勝手神社 Katte-jinjya Katte Shrine

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 勝手神社(かってじんじゃ)は、奈良県吉野町吉野山にある神社である。祭神は、大山祇神・木花咲耶姫命ほか3神。
 吉野八社明神の一つとされる。
 672年、壬申の乱の折、吉野に兵を挙げた大海人皇子(天武天皇)が、この神前で琴を奏でていると天女が舞い、吉兆を示したという伝説がある。
 1185年には、雪の吉野山で源義経と別れた静御前が追手に捕らえられた際、この社殿の前で雅な姿で法楽の舞いをまい、居並ぶ荒法師たちを感嘆させたという話が伝えられている。
 社殿は火災による焼失後、安永5(1776)年に再建されたものであったが、2005年、不審火により再び焼失してしまった。
 現在は一部に当初の木肌を残すのみで、有形文化財としての復興は難しいと言われている。
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2007/8/7


中新田の虎舞 Nakaniida-no-tora-mai The Tiger Dance in Nakaniida

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 中新田の虎舞(なかにいだのとらまい)は、宮城県加美郡加美町にて毎年四月二九日に行われている催事である。県の民俗文化財民俗芸能に指定されている。
 六〇〇年前、奥州の大名・大崎氏が「雲は龍に従い風は虎に従う」の故事にならって、明神の初午祭に奉納したのが始まりと伝わる。
 町は春になると風が強く、昔から度々大火に見舞われていた。
 そこで、虎の威をかりて風を鎮め、火伏せの祈願をし、山車と共に火消組の手によって火伏せの虎舞を舞わせ、城下をねり歩き、商人たちの繁昌と風禍火難防止の思想の高揚に役立たようとはじまったのが虎舞である。
 数台の山車にそれぞれ太鼓を乗せ、笛、三~六頭の虎がついて、各家々や屋根の上で舞う。
 中新田の虎舞は、火伏せ祈願として特色ある民俗芸能である。
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