NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/14


村山明(人間国宝) Murayama Akira 

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 昭和一九(1944)年、兵庫県生まれ。木工芸作家。
 京都市立美術大学の彫刻科を卒業後、木工芸家である人間国宝黒田辰秋に師事、木を刳(く)り貫いて造る刳物(くりもの)を主として活動していく。
 昭和四五(1970)年には日本伝統工芸展にて「欅拭漆懸籠付文庫(けやきふきうるしがけかごつきぶんこ)」が朝日新聞社賞を受賞。平成元(1989)年にはロンドンのビクトリア・アルバート王立工芸博物館が「欅拭漆盤」を収蔵、平成一一(1999)年にはパリで開催された「日本の工芸『今』百選展」に出品されるなど、海外での活動も精力的に行っている。
 平成一五(2003)年に木工芸の重要無形文化財保持者に認定、人間国宝となる。
 氏の独創的な技法は円熟期を迎えているが、それでも「あくまで通過点」として、なお遠くの高みを目指して創作を続けている。
 寄り添って木の声を聴きながら造りたいものを探っていく。木からの返答が、氏をさらなる先へといざなっているかのようだ。
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2007/8/7


広隆寺 弥勒菩薩半跏像 Kouryu-ji-Miroku-bosatsu-hanka-zou Miroku Bosatsu Hankashi-yui-zou Statue at Koryuji Temple

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 弥勒菩薩(みろくぼさつ)は、やがて仏となり、未来の世に現れ衆生を導き救うとされ、未来仏として信仰されている菩薩様である。
 弥勒菩薩の中でも最も有名なのが、京都府京都市太秦の広隆寺霊宝殿に安置されている弥勒菩薩半跏像(みろくぼさつはんかぞう)である。右手の薬指を頬にそっとあて、物思いにふける姿でよく知られている。
 赤松で作られた像の表面には、金箔が光り輝いていたといわれているが、その制作地については、原材料や作風等から中国からの渡来像であるとする説と、日本で制作されたとする説があり、今なお決着を見ていないという。
 微笑んだ面差しと、頬にあてられたたおやかな指が繊細で官能的。全体的に丸みを帯びた美しい曲線が、女性的な印象を与える仏像である。涼しげな目元が中国伝来説を裏付けるかのようにも見える。
 この弥勒菩薩半跏像のたたえる微笑みは、通称「アルカイックスマイル」と呼ばれ、親しまれている。
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2007/7/27


埋木細工 Umoregi-zaiku Umoregi-zaiku (Bogwood Carvings)

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 埋木細工(うもれぎざいく)は、宮城県仙台市の青葉山に今も伝わる伝統工芸である。
 その青葉山から炭化した「埋木」が発見されたのは、文政五(1822)年のこと。仙台藩の足軽武士・山下周吉が発見し、様々な工夫を行い、器や神饌の下敷きに使用される掻敷(かいしき)を作ったのがその始まりといわれている。
 埋木とは、三百万年~五百万年前の地層から採掘された、針葉樹の炭化した珪化木(けいかぼく)という、いわゆる植物の化石であり、石炭になる一歩手前の状態のものである。
 全国的にも類を見ない特異な工芸資材であり、今では入手も困難なものもある。
 木などを刃物で刳る刳物(くりもの)技法が用いられ、拭漆(ふきうるし)にて艶出を行う。7~8回繰り返し拭きあげると、木とは思えないような深い光沢と重量感あふれる作品が誕生する。
 伊達藩下級武士たちの内職として彼らの懐を暖めた技術は、数百年の時を経て芸術の域にまで到達し、今も私達の目を楽しませてくれる。
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2007/2/1


福島 桐下駄 Fukushima Kiri-geta Fukushima Paulownia Geta

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 福島の桐下駄は、福島県にて作られる、高級な会津桐による伝統工芸品である。
 会津桐は、会津藩の奨励によって植栽が始められた。会津特有の寒暖に差のある風土と厳しい寒さが、木目の美しさ、材質の強さを作りだし、高い評価を得ている。
 粘りと光沢がある銀白色材、綺麗な柾目、大きな比重、明瞭な年輪、割れ難さなどが特徴である。
 下駄づくりには、会津桐ならではの良さが素直に活かされている。特に柾目は光沢が美しく、最高との誉れが高い。
 桐は軽く、湿気をよく吸い取る。木目の白さも快適で、履き心地の良さは抜群である。
 福島の桐下駄は、カランコロンという音も軽やかな、さわやかな民芸品なのである。
 1997年、福島県伝統的工芸品に指定された。
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2007/1/29


大坂弘道(人間国宝) Oosaka Hiromichi Hiromichi Osaka (Living National Treasure)

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 昭和十二(1937)年、鳥取県倉吉市に生まれる。平成九(1997)年に「木工芸」で重要無形文化財(人間国宝)に認定された。
 東京学芸大学美術科を卒業後、東京の公立学校教諭のかたわら、人間国宝・氷見晃堂氏らに師事。唐木指物などの木工技法を学ぶ。技法に研鑽を積み、やがて日本伝統工芸展で受賞を重ねるまでになった。
 宮内庁から正倉院宝物摸造を委嘱されたのが昭和55年。氏が四十三歳のときである。これを機に学校を退職し、本格的に復元制作に専念。昭和61年に「紫檀(したん)木画箱」の復元摸造を完成させ、正倉院に納めた。
 正倉院の研究成果を応用した木画、透かし彫りなどにさえた技を発揮し、黒柿(こくし)や紫檀(したん)などの素材の特色を活かした多彩な作域が高い評価を得ている。
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2007/1/18


三春駒 Miharugoma Miharu-goma Horse Toys

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 福島県田村郡三春町の伝統工芸品・郷土玩具。日本三大駒(青森県の八幡駒、宮城県の木下駒、福島県の三春駒)のひとつとしても知られる。
 平安時代の武官、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際に苦戦していたところ、どこからともなく現れた木馬に助けられた、という伝説から生まれた子供の玩具「子育木馬」が発祥とされる。
 白駒と黒駒があり、彩色は赤、黒、金色と鞍の紺。馬産地として知られた三春ならではの、たくましい馬体が特徴で、馬への深い愛情が感じられる。
 鋸(のこ)で切り目を入れて顔合わせの二個組みを作り、次に後頭部に当たる中心にノミを入れて割り、仕上げている。
 様々な飾りをつけた若駒を一刀彫りの直線により力強く表現した特徴ある形が現在の姿。
 白馬と漆黒の馬が対で並んでいると、飾り気のない風情が実に愛らしい。
 福島競馬場のゴール板の上には、三春駒が飾られている。
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