NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/10


大太刀 Ootachi 

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 大太刀(おおたち)とは、3尺(90センチ)~5尺(150センチ)の刃をもつ太刀のことをいうが、この長さの定義は時代により異なり、また、剣術の流派によっても色々な解釈がされており、一定ではない。
 鎌倉時代に入り、日本は武家が支配する社会へと変わっていった。武士の世界において、武人としての誇りは剛気と腕力であった。そのため、武具として長大な大刀が戦場で多く見られるようになっていったのである。その時代の日本人の平均身長が150~165センチであるから、いかに大きな刀であったかが推測できる。
 野太刀(のだち)や馬の足を切り武将を馬から落とすための長刀である斬馬刀(ざんばとう)も大太刀と同じものである。
 大きさからして背中に背負われるものであったが、中には腰に差す剛気な武将もいたという。
 大太刀は実戦で使用される他には、神社に奉納される刀でもあった。
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2008/3/5


弥彦神社 yahiko-jinjya yahiko Shrine

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 越後平野の中央にそびえ立つ弥彦山の麓に、弥彦(伊夜比古)神社(やひこ(いやひこ)じんじゃ)はある。越後国の一ノ宮である。
 境内はうっそうとした樹林に覆われ、長い月日を経てきた老杉、古欅が佇んでいる。その創建年代は不詳だが、万葉集にも歌われたほどの古社。
 祭神は天香山命(あめのかごやまのみこと)。神武天皇の命を受け、越後国開拓のため地元の民に、漁労や製塩、稲作や養蚕などの農耕術を教えたという。かつては、伊夜比古さまと呼ばれ、越後の人々の心のふるさと、魂のよりどころとして、古くから栄えてきた。
 日本有数の長い日本刀である志田大太刀(しだのおおたち、重要文化財)や、源義家や源義経らに所以すると伝えられる武具などの文物が、社宝として宝物館に展示されている。
 現在の社殿は、火災のために焼失した後、大正五(1916)年に再建されたものである。
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2007/12/28


人里獅子舞 Henbori-shishi-mai 

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 古くから受け継がれてきた伝統芸能が多く残る桧原村。その伝統芸能のひとつである獅子舞は、全て三匹獅子によるもので、起原は室町時代にまでさかのぼるといわれている。
 人里(へんぼり)地区にも古式ゆかしい人里獅子舞が伝承されている。人里獅子舞は九月の中旬に、豊作を祈願して五社神社に奉納される舞である。
 「庭がため」から始まり、「ふじがかり」「三拍子」「笹がかり」など一一の演目が次々と披露される。
 祭りの最後は「大太刀がかり」で締めくくられる。二組の太刀引きと獅子によって演じられる、真剣勝負の舞である。太刀引きとの争いに勝った雄獅子が刀を口にくわえる場面は、祭りのクライマックスである。
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数馬の獅子舞 Kazuma-no-shishi-mai 

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 毎年九月第二日曜日に、九頭竜神社(くずりゅうじんじゃ)に奉納されるのが、この地方に多く伝えられている三匹獅子による獅子舞である。この祭礼では「数馬の獅子舞(かずまのししまい)」の他にも太神楽や、「馬鹿面囃子」と呼ばれる、ユニークな伝統芸能も交互に見られるという。
 数馬の獅子舞は三匹獅子と女装したササラ役の花笠四名で演じられる。前半は優雅な女舞が披露されるが、後半になると荒々しい、太刀などを使った勇壮な舞へと変わる。
 この地に伝わる三匹獅子の起源は寛元三(1245)年とも伝えられており、とても永い歴史を持つ。都の無形文化財にも指定されており、地元の人々がその伝統を今も受け継いでいる。
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2007/12/11


星竹嵐除け獅子舞 Hoshidake-arashi-yoke-shishi-mai 

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別名「獅子っ狂い」と呼ばれる「星竹嵐除け獅子舞(ほしだけあらしよけししまい)」は、多摩地区に多く伝わる動きの激しい獅子舞の中でも特に激しいといわれている。
 毎年九月に星竹神明社に奉納されるこの伝統芸能は、三匹獅子(太夫、雌獅子、雄獅子)と花笠四名で演じられる。
 演目は、庭固めから始まり、藤掛り、三拍子、すれ違い、花掛り、鞠掛り、布団張り、竿掛り、雌獅子隠し、太刀掛りまで、十種目が演じられる。
 三〇〇年以上の歴史を持つと伝えられており、平成三(1991)年には市の無形民俗文化財に指定された。
 五穀豊穣・防災・雨乞いなどを祈願して行われ、地元保存会によって伝承されている。
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小宮神社獅子舞 Komiya-jinja-shishi-mai 

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 東京の多摩地方には三匹獅子舞が多く受け継がれている。小宮神社でも毎年九月下旬に獅子舞が奉納される。
 小宮神社獅子舞(こみやまじんじゃししまい)は八歳から一八歳までの子ども達一五人が、三人一組になって奉納する舞に、大人達が加わるというもの。種類は一六種類あるという。三匹獅子は大頭雄獅子(だいがしらおじし)、雌獅子、小頭雄獅子(しょうがしらおじし)と呼ばれる。
 可愛らしい子ども達による演目から、華やかな「雌獅子隠し」、真剣勝負の「太刀」まで、どれも見応え充分である。
 保存会の他に「笛の会」という祭りの横笛の会も結成されており、熱心な地元の人々によって伝統芸能は守られている。
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五日市入野獅子舞 Itsukaichi-irino-shishi-mai 

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 標高四六三mの金毘羅山は気軽に登れて美しい景色を楽しめるため、人気のレジャースポットとなっている。その頂上にある琴平神社に奉納されるのが、三〇〇年以上もの歴史をもつとされる、「入野(いりの)の獅子舞」である。
 以前は厳寒期に奉納されていたと伝えられているが、現在では奉納日は五月の第ニ日曜日に変更され、奉納場所も入野の薬師堂に改められた。
 入野に残されている演目は毬懸り、竿懸り、三拍子、花懸り、女獅子隠し、太刀懸りなど八つで、「太夫」「雄獅子」「女獅子」の三匹獅子で演じられる。
 現在では地元の保存会によって大切に継承されており、子ども達にも披露され未来へと伝えられているという。
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鳳凰の舞 Houou-no-mai 

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 鳳凰の舞(ほうおうのまい)は東京都西多摩郡は平井地区に伝わる民俗芸能である。
 この地区の鎮守・春日神社の祭礼に奉納される舞で、雨乞いの舞として京都から伝わったといわれている。祇園囃子と風流踊り、さらに太刀踊りが加わり、江戸と京都それぞれの特徴を合わせ持っている珍しい伝統芸能だとされている。
 子ども達による「奴の舞」が披露された後、大人の「鳳凰の舞」が披露される。
 鳳凰とは中国の伝説の鳥で、それを模した冠をつけた者五人が白い襷をつけ、赤い頭巾の者達五人と円になって、太鼓の音と共に迫力のある、勇壮な踊りを披露するという。
 地元保存会の熱心な支えにより、今も活発に行われている希少な伝承で、国の重要無形民族文化財にも指定されている。
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