NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/7/15


唐棧織 Touzan-ori 

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 唐棧織(とうざんおり)とは、細い木綿糸を用いて独特の縦縞を織り出した布で、千葉県指定伝統的工芸品である。
 原産地はインドのサントメ地方とされ、日本には一六世紀末、安土桃山時代にもたらされたといわれている。
 ヤマモモやビンロウジュ、ハンノミなどの植物染料を用いることに特色を持ち、染料作りから原糸染め、織りに至る全工程のほとんどが一人で行われる。
 細い糸でかたく織られているために麻状の外観に絹のつやと風合いをまとい、細かい縞柄は江戸庶民好みの渋く、粋な美しさを表しているとして江戸時代半ばから末期にかけて大流行したという。
 特に、贅沢を戒めた天保の改革で絹織物の着用が禁止されたため、その絹に代わる織物として、好まれたといわれている。
 染料の調合には、材料を混ぜ合わせるだけでなく、最終的には味覚で決定されるという独特の技法を持っており、今日に至るまでそれは「秘伝」として脈々と受け継がれている。
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2008/5/15


日永うちわ Hinaga-uchiwa 

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 「日永(ひなが)うちわ」は、農家の副業として作り始められ、江戸時代には東海道日永宿で伊勢参りの土産品として売られ親しまれたという。明治時代中期までは、十数の製造業者が軒を並べる盛況ぶりで、京うちわと共に全国にその名を轟かせたとされる。しかし、鉄道が開通すると宿場はさびれ、次第に衰退して行った。現在も営んでいるのは一軒しかないといわれている。
 特徴は、女竹(めだけ)の丸竹を使用するため、握りやすいところにある。また、骨の数が六四本と多く、柄と骨が一体となった丈夫な作りのため、弾力性があってよくしなり、柔らかな風が起こる。
 製作工程は手が込んでおり、その工程数は実に二〇以上にも及ぶという。三年物の女竹を切り落とし、一昼夜水に漬け六四本に割る。糸で等間隔に編んで、うちわの形を作り美濃紙を張る。絵柄は、木版画の手法で刷られた美人画や富士山、伊勢神宮が多い。
 最近は、伊勢型紙の技法を用いた透かし絵や、松阪木綿を素材に用いた製品を開発し、人気を博しているという。
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座布団 Zabuton 

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 座布団(ざぶとん)は、床や畳の上に座る際に体の下に敷く調度品のことである。
 厚さ数cm程、一辺数十cm程でほぼ正方形をしており、基本的には、その上に座る事で体温が床面より奪われるのを防ぐために用いられ、いわゆるクッションとしての役目は本来、担っていない。
 鎌倉時代ごろに生み出され、当時は小さな正方形の薄畳の周辺を飾り布で覆った物であった。
 その後、様々な改良が施され、江戸時代中期には現在のように布の袋に綿などの緩衝材を入れる形となって庶民にも広く普及したとされ、板の間や畳敷きが多く、そこに直接座る文化を持つ日本独特のものともいえる。
 大きさによって茶席判や木綿判、銘仙判、八端判、緞子判、夫婦判など様々な種類があり、一般に最も広く流通しているのは銘仙判と八端判といわれている。
 生み出されてから長い歴史を持ち、その作法なども細々あるものではあるが、座る者に快適さとくつろぎを与えてくれる、まさに縁の下の力持ちである。
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2008/4/15


明治時代東北地方野良着 型染め 浅舞絞り Meijijidai-touhokuchihou-noragi Katazome Asamaishibori 

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 浅舞絞り(あさまいしぼり)とは、江戸後期、秋田県の平鹿郡平鹿町浅舞地方で発達した絞り染めの技法である。
 特徴は、染める事と干す事が何度も繰り返されていて、堅牢性が非常に高く、草藍によって得られる美しい色彩や香り、更には防虫効果も高く、更にその模様はなんと200種類以上ともいわれるほど豊富だという。
 この「型染め 浅舞絞り」は、明治時代に東北地方で実際に野良着として使用するために作られたもの。
 袖は二種類の型染めとなっており、野良着ながら大変質の高い作りとなっている。
 全て手織りされたもので、本藍染の糸味の良い木綿で出来ており、状態の良さを考えると未使用の作り置きではないかとも思える。
 「型染め 浅舞絞り」は、時代を経てなお美しい藍色が魅力的な、野良着である。
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2008/4/11


弓道 Kyuudou 

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 弓道とは、剣道・柔道と並ぶ日本で最も広く行われている武術の一つである。
 長さ221センチメートルの長い和弓(わきゅう)を用い、矢を放ち的にあてる。この間、射法八節(しゃほうはっせつ)という規定動作が行われる。足踏み(あしぶみ)・胴造り(どうづくり)・弓構え(ゆがまえ)・打起し(うちおこし)・ 引分け・会(かい)・離れ・残心(ざんしん)の順に所作を行う。この動作は、心身の鍛錬と礼儀作法を基調としている。
 上着は白木綿で襦袢(じゅばん)形の筒袖、黒や紺色の袴(はかま)を着用する。男性は馬乗袴、女性は馬乗袴または、長いスカートのような行灯袴(あんどんばかま)である。弓掛(ゆがけ)という鹿の革の手袋を右手に着け、弓を引く。
 競技方法は「あたり」と「はずれ」のみで判定する得点制と、審査員が採点する採点制がある。
 現在は武芸からスポーツへ移行してきてはいるが、古来から続く流派も存在している伝統文化である。
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2008/3/11


紙垂 Shide 

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 注連縄(しめなわ)や玉串、祓串、御幣などにつけて垂らし、特殊な裁ち方をして折った紙を「紙垂(しで)」という。「四出」とも表記され、単に「垂」と書かれる事もある。
 かつては木綿(ゆう)などの布が用いられていたが、現在は奉書や美濃紙、半紙などの紙が使われており、裁ち方・折り方は伊勢流、白川流、吉田流などの代表的な流派の他に、神社による伝統の裁ち方・折り方もある。垂らされる数によって二垂、四垂、八垂などと表わされ様々な形式があるが、いずれも白衣を着用して身を清めた上で、心を落ちつけ紙垂を作り上げる。
 注連縄に垂らして用いる時は、神域や祭場などの聖域と外界とを隔てるものとして、玉串、祓串、御幣などに用いた時は祓具としての意味を持つなど、それぞれの用途が存在する。
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2008/2/22


浪華本染めゆかた Naniwa-honzome-yukata 

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 浪華本染めゆかた(なにわほんぞめゆかた)は、大阪を主生産地とする木綿の染物である。
 木綿の一大生産地として知られた泉州と河内がすぐ近くにあり、石津川と大和川の水質や流域の自然条件が木綿の晒作業に最適であることなど、発展に必要な土台が好条件で揃っていたことが、その誕生に大きく関わっている。
 加えて明治に入ってから、布地の上に伊勢型紙を置いて糊を付け、その上から染料を注いで染める、注染(そそぎぞめ)技法が大阪で開発されたことによって、この優雅で涼しげな浴衣が誕生することとなった。
 染物としても非常に質の高いものであり、表裏両面に色を染めることやなかなか色落ちしないこと、めくれても裏にも模様があることが特徴で、この染物が長く愛される元にもなっている。
 昭和六十(一九八五)年には、浴衣としては全国で唯一、大阪府より伝統工芸品の指定を受け、今も活発に夏の夜を彩る美しい浴衣を生み出し続けている。
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いわき絵のぼり Iwaki-enobori 

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 いわき絵のぼりは、端午の節句や男の子の成長を祝う縁起物として、江戸時代から伝えられてきた。一五種類の顔料を用い、大きな木綿地に鮮やかに描かれる。
 絵柄は、邪気を払う神といわれる鍾馗(しょうき)、八幡太郎義家や源義経、武田信玄と上杉謙信による川中島合戦などの武者絵をはじめ、高砂、神功皇后、大黒など迫力あるものばかり一五種類ある。
 いずれも丹念な手描きで、故事にあやかって子供たちの健やかな成長を願う親心が込められており、贈り物としても人気が高い。平成九(1997)年、福島県の伝統的工芸品に指定された。
 工程は、木綿全体に糊付け処理を行う「下地」、顔料に接着力を加える「豆汁(ごじる)」、薄墨で下絵を描く「下描き」、色付けをする「下塗り」「上塗り」、絵に生命を吹き込む「輪郭線」、輪郭線を残す彫り塗りの技法で墨を挿す「墨描き」、衣服や鎧の模様を描き込む「模様」、家紋を描く「家紋」から成る。完成まで一週間以上を要する。市内では複数の職人が製作に携わっている。
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