NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/6


竹 Take 

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 「竹(たけ)」はイネ科・タケ亜科に属する植物で、小型の「笹」に対して大型のものを言う。
 温暖で湿潤な気候や熱帯地域に多く生育していて、日本だけでも150以上もしくは600以上の種類があると言われている。これは学説の違いによるもので、どちらにしても竹の種類は数多いという事だ。その中でも代表的なものは、真竹(まだけ)や孟宗竹(もうそうちく)、淡竹(はちく)などで、日本各地で多く植栽されている。
 竹の成長はとても早く、1日で1m以上も伸びる事もある。その青々とまっすぐ伸びる様から、神事では榊(さかき)と共に清浄な植物の一つとされる。地鎮祭などで四隅に立てられる忌竹(いみだけ)や門松などに用いられるのもその為である。
 繊維質で弾力に富み細工が容易なその性質から、建材をはじめ簾(すだれ)や楽器、茶道具に至るまで様々なものに用いられ、古来から重宝されている。
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2007/11/29


久峰うずら車 Hisamine-uzura-guruma Hisamine Quail Toy Car

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 久峰うずら車(ひさみねうずらぐるま)は宮崎県宮崎市に伝わる郷土玩具である。
 江戸時代頃よりこの地方では、鶉(うずら)は非常に身近な鳥で、愛がん動物として親しまれていた。うずらを捕らえその泣き声を楽しむ風習もあった。
 日本のうずらは春から夏にかけて北海道や東北地方で繁殖し秋から冬は温暖な四国や九州に渡る。
 うずら車はこのうずらをモデルに子どもたちの玩具として作られたものである。うずら車の材料にはタラの木が使われ、車の軸の部分には竹が使用される。そして、うずらの顔にあたる部分には子どもたちの安全と幸せを願い「の」の字が描かれている。
 古くは久峰観音や鬼子母神社の祭礼で売られていた。現在では、各家庭の玄関に置かれて親しまれている。
 宮崎市には法華嶽薬師寺のうずら車と久峰観音のうずら車があり、久峰うずら車は女性的な情緒をもつうずら車である。
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2007/10/12


駿河雛具 Suruga-hinagu Suruga Hina Doll Fittings

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 駿河雛具は、静岡県にて造られるひなまつりの飾り物である。
 針箱、茶道具、箪笥、長持、挟箱など、江戸時代の武家の豪華な嫁入り道具を模したものが雛具である。小さいながら実物と同じ様に作られているのが特徴である。
 16世紀、今川氏が静岡を支配していた頃には、駿河雛具は生産されていた。
 江戸時代になると、久能山東照宮や浅間神社の造営等をきっかけに、全国から集まった職人達が静岡に定着し、高度な技術を応用して雛具作りが発達していった。
 また、木地、漆、蒔絵、金具等の工程を分業化することで、手工芸でありながら大量の製品を作ることができたのも、駿河雛具の大きな特色である。
 駿河雛具は、湿気が多く温暖な気候と、江戸や京都等の大消費地の中間にあるという立地が幸いして発展した、伝統工芸品である。
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2007/8/31


佐久島 Saku-shima 

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 佐久島(さくしま)は、愛知県の知多半島と渥美半島に囲まれた、波穏やかな三河湾のほぼ真ん中に位置する、三河湾で最も大きい島である。本土側の一色港からおよそ10キロメートルで、一色港から定期船で約20分の距離にある。
 今から2500万年前に海中で堆積した島で、人が住むようになったのは紀元前3000年頃。古墳時代後期の古墳や縄文・弥生式の土器片などが出土している。
 海を生活の場として地域の文化を橋渡ししていた海部(あまべ)族の営みが、海運業として受け継がれたため、江戸時代には繁栄した。
 島の80パーセント以上が里山で、至るところで原風景を見ることができる。冬でもめったに降雪がなく、年間平均気温は15~17度と温暖な気候である。
 
 
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2007/7/25


野々島 Nono-shima 

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 野々島(ののしま)は、日本三景のひとつである浦戸諸島の島。
 野々島までは、塩竈港から市営汽船で野々島港まで約30分で行くことができる。
 野々島は、面積約0.56ha、人口は約124人の小さな島である。産業は漁業が中心。気候は内陸地より比較的温暖で、島全体に椿が自然群生している。
 この野々島には、密貿易で巨万の富を得た「内海長者伝説」があり、島のあちこちに冨を貯えるために彫られた洞穴群や林の細道、複雑な海岸線などがあり、自然の神秘が味わえる。
 石灰岩を手彫りした散歩道や、菜の花の群生が可憐な「菜の花と潮騒の道」、「椿トンネル」や小さな海水浴場もあり、観光化されていないこの島ならではの、新鮮なレジャーが楽しめる。
 野々島は、春の潮干狩り、夏の海水浴、四季折々の島の散策と、ロマンとノスタルジーあふれる時間を過ごせる島である。
 
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2007/7/13


美々貝塚 Bibi-kaizuka The Bibi Shell Mounds

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 美々貝塚は、北海道千歳市にある標高20mほどの台地で発見された約6000年前の縄文前期の貝塚だ。
 大正末期にこの近辺で行われた鉄道路線工事の際に見つかった。
 貝塚自体は当時の人たちが採取したシジミやアサリなどの貝殻が同じ場所に捨てられ、積み上げられて出来たものだ。
 それはつまり、この近辺が海のすぐ側であったことを表している。
 この周辺に人々が暮らしていた当時は気温の温暖化により、今よりも海面がずいぶんと高かったのではないかと論じられてきたが、この美々貝塚の発見は、それらを証明する重要な遺跡として知られている。
 直径4m、高さ1.2mにもなる大きな貝塚であるが、北海道内ではもっとも内陸に位置し、ヤマトシジミやアサリなどを中心に14種類の貝類や土器などが見つかっている。
 いうなればここは、6000年前の人々の暮らしが封じ込められた壮大なタイムカプセルなのである。
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2007/6/29


後志利別川 Shiribeshi-tobetsu-gawa 

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 後志利別川(しりべしとしべつがわ)は、北海道の長万部岳の西部を源とし、美利河ダムを経て檜山支庁管内を流れ、瀬棚町から日本海へ流れる後志利別川の本流である。流域面積は720平方km、流路延長80km。
 後志利別川の名は、同じ北海道十勝支庁の利別川と区別するために「後志」を冠したものである。
 後志利別川は日本有数の清流河川で、道南唯一の一級河川である。川底の石がはっきりと分かるほどの透明度を誇り、建設省による昭和六二年からの調査でも5回清流日本一になっているという。
 流域一帯は土壌が肥沃なうえ、気候も温暖なため、明治以来農耕地として発達し、檜山管内随一の穀倉地帯が形成された。
 後志利別川は釣りのメッカとしても有名で、初冬には鱒(ます)釣りを楽しむ釣り人たちで賑う。
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2007/5/24


北限のブナ林 Hokugenno-bunarin 

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 北緯42~43度、北海道の渡島半島の付け根にあたる黒松内町から、島牧村にかけて広がるブナの自生林を、「北限のブナ林」と呼ぶ。
 最終氷河期に一度北海道から姿を消し、その後気候の温暖化とともに少しずつ北進してきたブナは、この地より北には自生していない。気候による限界説、現在も北進中とする説など、多くの研究者が北限の謎を解き明かそうと諸説を唱えているが、未だ明快な答えは出ていないようだ。
 真っ直ぐ空に向かってそびえるブナの木々。白っぽい滑らかな木肌の幹や、緑の葉を豊かに茂らせたブナの凛々しい姿には心洗われる。
 このブナ林には、季節ごとに彩を添える野生の花々の姿が見られ、小鳥のさえずりと共に手つかずの自然の息吹を体感できる。
 北限の地に純林状態で自生していることが学術的に評価され、昭和三年に国の天然記念物に指定された。
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