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2007/9/13


瑞巌寺 御成門、中門 Zuigaan-ji Onari-mon,Naka-mon The Onari-mon and Naka-mon Gates at Zuiganji Temple

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 奥州随一の禅寺・瑞巌寺(ずいがんじ)は天長五(828)年、慈覚大師円仁によって開創され、伊達家の菩提寺として知られる。正式名は「松島青龍山瑞巌円福禅寺」といい、別名松島寺ともいう。
 現在の建物は、慶長一四(1609)年、名工一三〇人を集め、政宗が五年の歳月をかけて建立したものである。
 本堂と御成玄関・回廊・庫裡は国宝に、御成門・中門・太鼓塀は国の重要文化財に指定されている。
 御成門は、入母屋造本瓦葺の薬医門で、重厚な趣をみせている。
 御成門の右側にある中門は本堂の前にあり、四脚門で切妻造、こけら葺きで、壁がなく骨組みが露出している。中門両側には、政宗が朝鮮出兵の際、持ち帰って植えたとされる紅白の臥竜梅(がりゅうばい)が植えられている。臥せた龍に似ていることから臥龍梅と名付けられ、四月中旬が身頃となる。
 御成門・中門は対照的な趣向となっており、土壁は白壁で、中空の太鼓塀になっている。
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2007/6/28


青森 清水寺 観音堂 Aomori Seisui-ji Kannon-dou 

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 青森の清水寺(せいすいじ)は、青森県八戸市是川中居にある浄土真宗の寺である。本尊は千手觀音。奥州南部糠部三十三観音霊場第2番札所とされる。
 清水寺は、平安時代に天台宗の高僧慈覚大師により建立されたと伝えられ、明治時代に改宗して、現在は浄土真宗となっている。また、本尊の千手觀音は盗難され、現在は金銅救世観音像を安置している。
 三間四方宝行造茅葺屋根の観音堂(かんのんどう)は、天正九(1581)年、建立されたとされる県内最古の木造建築であり、清水寺本堂裏手の杉木立の中で静かに鎮座している。
 鎌倉時代に中国から伝わった建築様式で、中世的仏堂として東北地方の貴重な遺構となっている。
 昭和五五(1980)年、国の重要文化財に指定される。
 青森の清水寺観音堂は、古い歴史を誇る貴重な建物である。
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2007/5/25


有珠善光寺 Usuzenkouji 

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 北海道道南の噴火湾に面して建つ「有珠善光寺(うすぜんこうじ)」は、1200年以上の歴史を持つ北海道最古の名刹である。
 その起こりは平安時代。天長三(826)年、慈覚大師が自ら刻んだ本尊阿弥陀如来を安置し、開基したと伝えられる。
 その後文化元(1804)年、徳川幕府により、江戸の芝増上寺の末寺として建立された。様似の等澍院、厚岸の国泰寺と並び、「蝦夷三官寺」と呼ばれたという。
 文政四(1822)年の有珠山大噴火で、貴重な宝物や記録を焼失。しかし、建物自体はほぼ原型をとどめたことから、昭和四九年に善光寺跡として国の史跡に認定された。
 古くから桜の名所として知られ、昭和初めには有珠駅前から寺までの道のり数キロに渡り、桜並木が続いていたという。現在ではその大部分が伐採されてしまっているが、今も境内に咲く桜を見に、多くの人々が訪れる。名木「石割桜」も見事だ。
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2007/5/11


摩尼寺 Mani-dera Manidera Temple

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 摩尼(まに)寺は、鳥取砂丘から南東の方角にある摩尼山の中腹にある天台宗の古刹。約1200年もの歴史を持ち、因幡第一の霊場として遠近に名高く、彼岸の頃には多くの参詣客で賑わう。
 平安時代の承和年間(834〜848)に慈覚大師円仁が開基したとされる。当時、比叡山や高野山のように多くの霊場が女人禁制だったのに対し、摩尼寺の参詣に女人の登山を許したことから、女人の篤い信仰を集めた。
 摩尼山のふもとから長く急な石段を登って境内へ、そして仁王門、本堂、如来堂、奥の院へと続く様は歴史を感じさせる堂々たる趣だ。
 仁王門は18世紀後半に建てられたもので、県内でも数少ない三間一戸形式の楼門。本堂手前の観音像からしたたる「摩尼の水」は健康長寿にご利益があると伝えられている。
 旧暦8月15日の「へちま加持」には、喘息平癒に全国から信者たちが集まる。
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2007/5/10


三徳山三仏寺 Mitokusan-Sanbutsu-Ji Mitokusan Sanbutsu-ji Temple

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 三徳山三仏寺(みとくさんさんぶつじ)は、鳥取県東伯郡三朝町三徳にある天台宗の寺である。本尊は、釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来とされる。中国観音霊場第31番札所、伯耆(ほうき)観音霊場第29番札所となっている。
 慶雲三(706)年、役行者が修験道の行場として開山し、その後、嘉祥二(849)年、慈覚大師円仁により本尊の三仏が安置されたと伝承されている。
 鳥取県のほぼ中央に位置する標高900mの三徳山に境内を持つ、山岳寺院である。
 本堂から投入堂(なげいれどう)へは山道が続いており、途中に文殊堂、地蔵堂、鐘楼が点在する。投入堂は標高470mの断崖に建てられた舞台造の堂宇で、鳥取県で唯一の国宝となっている。
 三徳山三仏寺は、霊場として名高い国の名勝・史跡である。
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2007/5/7


五太堂 Godaidou 

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 五太堂(五大堂、ごだいどう)は、宮城県の松島の小島にある。本尊は、五大明王(大聖不動明王・東方降三世・西方大威徳・南方軍荼利・北方金剛夜叉)で、大同二(807)年、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが開創である。
 後に、慈覚大師が延福寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになった。
 五大堂の正面に掲げられる額に「五太堂」とあるが、筆の遊びで「大」が「太」になったといわれ、故に、五太堂とも称される。
 現在の建物は、慶長九(1604)年に伊達政宗が再建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工されたものである。国の重要文化財に指定されている
 五太堂は、東北三十六不動28番にも数えられる古刹である。
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2007/4/17


目黒不動尊 Meguro-fudouson Meguro Fudoson

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 目黒不動尊とは、東京都目黒区下目黒にある天台宗の寺院・瀧泉寺の別名である。関東三十六不動霊場第十八番とされる。
 本尊の不動明王像の目が黒いため、目黒不動と呼ばれる。地名の「目黒」は、この目黒不動に由来するとする説もある。
 大同三(808)年に慈覚大師円仁が、下野国から比叡山に赴く途中に不動明王を安置して開創したと伝えられる。
 江戸城を守るために配置された江戸五色不動のひとつであり、山手七福神のひとつとして恵比寿神を祀っている。
 境内の独鈷滝を浴びると病気が治癒するとの信仰があり、寺名の由来となった。
 目黒不動尊は関東最古の不動霊場として、日本三大不動の一つに上げられる寺院であり、文化・文政の時代には富籤で親しまれていた古刹である。
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2007/4/16


川越 喜多院 Kawagoe Kitain Kawagoe Kitain Temple

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 川越の喜多院は、埼玉県川越市小仙波町にある天台宗の寺である。本尊は阿弥陀如来で、関東三十六不動28番とされる。別名、川越大師とも言われる。
 天長7(830)年、淳和天皇の命で慈覚大師円仁が建立し、当初は無量寿寺と号した。
 永仁4(1296)年、尊海が慈恵大師を勧請して無量寿寺を再興し、北院・中院・南院となる各房が建てられたが、中院、南院は戦国末期に滅びた。
 天正16(1588)年、天海が入寺し、寺を喜多院と改めた。
 寛永15(1638)年、火災で山門以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城御殿の一部を移築した。
 現在、喜多院は多くの文化財を所持し、正月3日には初大師・だるま市が立ち、五百羅漢などの見所も多く、参詣する者が後を絶たない寺院である。
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