NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/18


オシンコシンの滝 Oshinkoshinno-taki 

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 北海道斜里郡斜里町を流れるチャラッセナイ川の河口付近にある、知床半島最大の滝が、オシンコシンの滝である。
 知床半島中央部に位置する遠音別岳西側斜面を源流としている。「日本の滝百選」にも選ばれた。
 名前の由来は、アイヌ語の「オ・シュンク・ウシ・イ」が訛ったもので、「川尻にエゾ松が群生するところ」という意味から転じたもの。
 知床八景のひとつい挙げられ、緩やかな傾斜の岸壁をオホーツク海に向かって流れる勇壮な大瀑布は、迫力があり、途中から流れがふたつに分かれていることから「双美の滝」とも呼ばれている。
 滝の上にある展望台からはオホーツク海や知床連山を一望でき、特に流氷の時期は、見渡す限り白い海原が広がり、息を飲むほど美しい眺めを見ることができる。
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2007/10/16


よさこい祭り Yosakoi-matsuri Yosakoi Festival

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 その生れは以外に新しい。戦後の不況を吹き飛ばそうと、高知商工会議所が発案し、1954年から始まった祭り。徳島の阿波踊りを意識して作られた。
 鳴子(なるこ、作物を狙う鳥を追い払う農機具)を手に持って鳴らすことを思いつき、現在でもよさこい祭りの重要なアイテムになっている。
 開始当初は日本舞踊の振り付けを踏襲した盆踊りスタイルであったが、武政英策(たけまさえいさく)氏が楽曲の自由なアレンジを許したため、その後色々なバリエーションを生むことになった。現在ではサンバ、ロック、ヒップホップ、演歌、フラメンコ、フラダンスなど各々のチームが趣向を凝らした楽曲と振り付けを披露し、伝統を色濃く残す「正調」とともに観客を楽しませている。
 因みに「よさこい」とは、夜さり来い(夜にいらっしゃい)という古語が変化した言葉。
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2007/10/15


機滝 Hata-daki 

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 四国中央市のほぼ中央部に、標高1453mの赤星山がある。この山を源流として土居町を南北に瀬戸内海へ流れ込む大地川は、皇子渓谷または赤星ラインと呼ばれ、大小7本の滝が様々な表情を見せ、四季折々の渓谷美で訪れる人々を楽しませている。
 「機滝(はただき)」は、その最も下流にある滝。松山自動車道土居IC付近の国道11号線から、赤星山登山口の標識に従い林道を車で10分ほど走ると、終点の駐車場に到着する。そこからは徒歩で、やや険しい皇子渓谷の沢沿いの道を40分ほど上れば、機滝にたどり着く。高さ17m、幅20mの広い岩壁から落下する4筋の滝は、その名の通り、機織り糸のようで美しい。立ち上がる水煙は靄(もや)となって辺りを漂い、幻想的な雰囲気をかもし出す。
 機滝のすぐ上流には紅葉滝と布引滝が連続してあり、さらに上流の稲妻滝、千丈滝、中折滝、そして最終の天竜滝へと続く。
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2007/10/12


早戸大滝 Hayato-ootaki The Hayato Otaki Waterfall

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 早戸大滝(はやとおおたき)は、神奈川県相模原市鳥屋にある落差50mの滝である。日本の滝百選に選ばれている。
 早戸大滝のある早戸川は相模川の支流である中津川の源流であり、標高1673mの蛭ケ岳から丹沢三峰の間、丹沢山塊の北東部の水を集め宮ケ瀬湖に流入している。
 滝は上段約40m、下段約10mの二段になっており、上段の中間に大きな岩が突き出て全容を見ることができないため、別名「まぼろしの大滝」とも言われている。
 また、関東の難所の滝であり、滝まで行く道が整備されていないため、容易に拝むことができない。
 これらの事情から、有名であるにも関わらず訪れる者は少なく、首都圏に暮らすものにとってもその姿どころかありかさえ知る人は少ない。
 早戸大滝は、丹沢山塊にあるまぼろしの瀑布である。
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2007/10/11


肱川 Hiji-kawa 

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 肱川(ひじかわ)は、愛媛県西部を流れる一級河川である。愛媛県西予市宇和町鳥坂峠に源流を発し、西予市野村町坂石で黒瀬川、船戸川と合流。その後は河辺川、小田川などの支流を集め、蛇行しながら四国山地を横断する。中流域には大洲(おおず)盆地を形成。ここで一気に開けると、流れは一段とゆるやかになり、大洲市街をつきぬけ矢落川などと合流する。最後は、大洲市長浜町で一気に瀬戸内海に流れ込む。
 肱川を流れる水は、北は佐田岬半島から南は宇和島市までの南予地方一帯を潤している。特に柑橘類の果樹園にとっては、必要不可欠なものとなっている。川ではアオノリ、アユ、アマゴ、アナゴなどが獲れる。
 名前の由来は二説ある。ひとつは、肱のように屈曲しているからというもの。もうひとつは、泥土やぬかるみを「ひじ」と呼ぶが、これが多いことから「ひじかわ」になったというものである。
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2007/10/5


滑床渓谷 Nametoko-keikoku 

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 宇和島市の背後にそびえる鬼ヶ城山系は、新生代に花崗岩(かこうがん)が隆起して形成されたもので、海岸線から五キロ程の距離に千メートル級の山々が並ぶのは、全国的にも珍しい。この山系に抱かれた一二キロにおよぶ大渓谷は「滑床(なめとこ)渓谷」と呼ばれ、足摺宇和海国立公園に属する景勝地である。滑床渓谷は、四万十川の源流でもあり、水源の森百選に選定されている。
 滑(なめ)状の一枚岩が川床全体に広がり大広間を思わせる「千畳敷(せんじょうじき)」や、スケールは小さいが明るい不思議な模様を見せる「出会滑(であいなめ)」など、広々とした滑らかな岩肌に出会うことができる。最も人気が高いのは「雪輪(ゆきわ)の滝」で、巨大な一枚岩の上を白く滑り落ちる美しい滝は、日本の滝百選に選定されている。ほかにも、厳冬期には氷瀑となる「大嵓(おおくら)の滝」などがあり、その渓谷美は四季を通じて見どころ満載である。
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2007/9/26


役小角 En-no-ozunu En no Ozunu

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 役小角(えんのおづぬ)は、修験道の開祖。山岳信仰による呪力の獲得、自然との一体化による即身成仏を説いた。日本的霊性の源流として、只ならぬ影響力を持つ人物である。
 舒明天皇六(634)年、大和国葛城上郡茅原(現在の奈良県御所市)、葛木山のふもとで誕生。独学で仏像を作り、梵字を書き始める特異な少年だった小角は、一七歳で家を捨て、葛木山での本格的な霊的修行に入る。
 仙人と遊び、仏や神を叱り飛ばし、鬼を従者として使う強者となっていった。神通力が朝廷に知られ、恐れられ、天皇の命令で伊豆大島へ流刑されたりした。
 晩年は、諸国を巡り、数々の霊山高峰を訪れた。現在、日本で霊山とされるほとんどの山が役小角の開山という伝説がある。六八歳の時、天井ヶ岳にて、多くの弟子達に見守られるなか、微笑み続けながら息を引き取った。
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2007/9/11


追波川 Oppa-gawa 

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 岩手県の御堂の湧水「弓弭(ゆはず)の泉」を源流とし、岩手県のほぼ中央を北から南に流れて宮城県に入り、そして石巻湾へと流れ出る東北随一の大河、北上川。
 その北上川の河口付近にかかり、河北町から東流、やがては南三陸の追波湾へと注ぐ延長17.5kmの流れが、追波川(おっぱがわ)である。
 明治四四(1911)年から昭和九(1934)年にかけて行われた、放水路建設工事によって誕生した流れであり、区別してそれまでの北上川を旧北上川、追波川を新北上川とも呼ぶ。
 現在では、以前からあった石巻湾への流れを旧北上川といい、この追波川を含む追波湾への流れを北上川と称している。
 春になればサクラマスを求める太公望で賑わいを見せ、秋になれば日本の川では最大級といわれる葦(ヨシ)原で、「残したい日本の音風景百選」にも選ばれた、葦の葉ずれが奏でるシンフォニーに耳を傾けることもできる。
 川は豊かな自然を満面に湛えて、今もゆったりと、東北の地を流れている。
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