NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/18


日向はまぐり碁石 Hyuuga-hamaguri-goishi Hyuga Clam Go Stones

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 日向はまぐり碁石(ごいし)は日向地方で採取されるはまぐりの貝殻を原料に作られる碁石のことである。
 碁石は中国から伝わったものであり、明治以前、碁石製作には石や木、宝石類が使用されていた。
 明治に入り大阪で三河地方の桑名のはまぐりを材料に碁石製造が盛んとなった。しかし、桑名のはまぐりが品不足となり、日向地方の海岸によいはまぐりがあることが分かり、その後、大阪では日向地方のはまぐりを材料に碁石が作られるようになった。
 明治四一(1908)年頃、日向地方出身で、大阪で碁石作りの修行をしていた原田清吉氏が大阪から仕事仲間の小川栄次郎を呼び寄せ、日向地方で碁石作りをはじた。二人の努力の結果、碁石作りは日向地方の地場産業として大きく成長して行ったのである。
 現在では、日本で唯一のはまぐり碁石の産地であり、長年の間に築かわれた碁石作りの技術は世界からも高い評価を得ている。
 日向はまぐり碁石は、その手触り、色合い、光沢、形、どれをとっても最高級の碁石である。
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2007/10/26


納沙布岬 Nosappu-misaki Cape Nosappu

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 納沙布(のさっぷ)岬は、北海道本島再東端の岬。根室半島の先端、北緯43度22分、東経145度49分に位置する。
 海に広がる根室海峡の向こうには、貝殻島や水晶島、国後島などの北方領土の島々が手の届きそうな位置に浮かぶ。
 また納沙布岬は、「流氷岬」と呼ばれるように流氷が見られる岬としても有名。冬にはダイナミックで幻想的な景観が楽しめる。 
 元旦には北海道一早く初日の出を拝める場所として、「納沙布岬初日詣」が行われる。
 岬の先端には明治五年に建てられた道内最古の灯台が立つ。また、周辺は北方領土への思いを込めて造られた望郷の岬公園になっており、巨大なアーチの下に強風でも消えないトーチが焚かれている。公園内には北方四島をイメージしたモニュメント「四島のかけ橋」や望郷の家、北方館などの施設がある。納沙布岬は、四季折々、訪れる人々に様々な感慨を与えている。
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2007/9/7


螺鈿 Raden 

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 古代より貝殻の秘める神秘的な色合いに魅せられた人々により生み出された、貝殻を用いた伝統的な装飾技法が、螺鈿(らでん)である。
 アワビやカワシンジュガイ、ヤコウガイ、アコヤガイなどの貝殻の内側にある、虹色光沢を持った真珠質の部分を薄く研磨し、それらを様々な模様に切り出して、漆地や木地の、彫刻された表面にはめ込んでいく。
 大変緻密な細工を必要とし、それ故に高い芸術性が認められている技法でもある。
 発祥は定かではないが、ギリシャ、ペルシア周辺だといわれ、シルクロードを通して中国へと伝来し、日本にもたらされたのは奈良時代頃だといわれ、唐代の優れた技術による作品が残されている。
 製作においては貝に限らず、琥珀や鼈甲、金属片が使われるものも螺鈿と呼ぶが、金及び銀を用いた場合は平文(ひょうもん)、或いは平脱(へいだつ)と呼ぶ。
 真珠質のきらびやかな輝きが埋め込まれたそれら逸品は、技法の誕生から数千年経た今も、人々を魅了し続けている。
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2007/1/25


野方遺跡 Nokata-iseki The Ruins of Nokata Village

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 野方遺跡は、福岡県福岡市西区野方にある、弥生時代後期から古墳時代にかけての集落跡である。
 標高17〜20mの扇状地にあり、南北600m、東西200mの南北に細長い台地にある。
 弥生時代には大小2つの溝を巡らし、大きい環濠には住居が10軒程度たてられていた。小さい環濠の中には高床式倉庫が建てられ穀物等を貯蔵していた。
 古墳時代になると300基以上の住居が建てられた。墓地は住居から離れ、住居と墓地を区分けしていたことがわかる。
 環濠からは、土器、石器、鉄器に混じって、サメ、タイ、スズキなどの魚類や貝類、鳥類、動物の骨が出土しており、石棺からは鏡、玉、太刀、管玉、ガラス玉等が出土している。
 野方遺跡は、古代日本の営みを想像出来る、歴史的で感慨深い場所である。
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2007/1/24


舳倉島・海女 Hegurashima・Ama Hegura Island and the Ama

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 能登半島の北の海上、約四八キロメートル先にある、絶海の孤島。激しい荒波を受けてその海岸は複雑な入り江や絶壁を持つ。標高約十三メートル。周囲は約五キロメートル。歩いて約一時間ほどの小さな島である。
 かつては夏の漁が行われる時期だけ、対岸の輪島から漁民が移住していたが、今は定住者も増えている。
 海流や地形の関係で、古来から絶好の漁場であり、特に海女による漁は万葉集にも謡われている。
 今もその様子は変わりなく、夏、磯において、たくさんの海女が海に潜る姿を見ることができる。実は、漁業のほとんどが海女によるもので、アワビ、テングサ、ワカメ、サザエが主な獲物である。
 また、日本と大陸を往復する渡り鳥にとってはよい休憩所となり、日本ではここでしか見ることができない鳥も多い。バードウォッチングの日本有数の名所。
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2007/1/11


螺鈿の菓子器 Raden-no-kasiki Raden Kashiki (Raden Sweets Bowl)

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 螺鈿(らでん)は、伝統工芸に用いられる装飾技法のひとつであり、螺鈿の菓子器は、琉球漆器の伝統工芸品である。
 螺鈿細工は、夜光貝やアワビの貝の真珠質の部分を砥石でみがき、一定の厚さに揃え、文様の形に切って漆塗面にはめたり貼ったりする技法で、光線の当たり具合により貝の部分が青や白に美しく光るのを利用した加飾法である。
 漆塗面は文様に従って彫っておき、貝を糊漆ではりつける。貝自体に線彫装飾を施す事もある。
 貝に限らず琥珀、べっこう、金属片が使われるものも螺鈿と呼ぶが、金、銀を用いた場合は螺鈿とは呼ばずに平文(ひょうもん)、或いは平脱(へいだつ)と呼ぶ。
 螺鈿の菓子器は、中国より伝わった技術に沖縄独自の技法を加えた琉球漆器の、代表的工芸品である。
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