NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/8


壬生寺 Mibu-dera 

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 京都府京都市中京区にある寺。
 奈良時代の創建と伝えられ、正暦二(991)年、大津にある三井寺(園城寺)の僧・快賢が再興して「小三井寺」と呼ばれた古刹である。中世には円覚上人が寺を再興し壬生狂言(壬生大念仏狂言)を興した。壬生寺は京都三大狂言の一つである壬生狂言を伝える寺として、今も京の庶民に親しまれている。また幕末には、新撰組がこの寺を「兵法鍛錬場」として使用したことから、新撰組のゆかりの寺としても有名である。境内の壬生塚には、近藤勇の銅像や隊士の供養搭などが残っている。
 壬生狂言が演じられる「大念佛堂」、秘仏である辧財天が祀られている「弁天堂」をはじめ、五仏錫杖頭(ごぶつしゃくじょうとう)(重要文化財)や列仙図屏風(れっせんずびょうぶ)(長谷川等伯筆・重要文化財)などや、室町時代の作を含む190点もの狂言の面を今に伝えている。
 今も、壬生の地の人々の中にある寺である。
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2007/11/15


熊谷寺 Kumatani-ji 

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 四国霊場第八番である熊谷寺(くまたにじ)。
 弘法大師が弘仁年間(816~823)にこの地を訪れ、閼伽が谷(あかがたに)で修行されていると、紀州の熊野権現が現われ、1寸8分(約5cm)の金の観世音菩薩像を大師に授けた。
 大師は自から霊木に等身大の千手観音像を刻み、その胸の中に仏舎利120粒とともに、金像の本尊を納めて堂宇を建立、安置したのが起こりとされる。
 昭和二(1927)年火災に遭い、本堂・本尊とも焼失。その後昭和一五(1940)年に本尊を安置する奥殿と拝殿が、昭和四五(1970)年に供養殿と本尊が再建された。
 本堂から更に階段を上った所にある大師堂は、宝永四(1707)年に建立され、安置されている大師像も永享三(1430)年の作とかなり古く、寺宝とされ伝わっている。
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2007/10/31


如意輪寺 Nyoirin-ji Nyoirinji Temple

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 如意輪寺(にょいりんじ)は、奈良県吉野郡吉野町吉野山にある浄土宗の寺である。
 延喜年間(901〜923)、文章博士三善清行の子で、日蔵道賢上人の草創とされる。本尊は如意輪観音。
 1336年、南北朝の戦いに敗れて吉野に行宮を定めた後醍醐天皇の勅願所となった。
 後醍醐天皇の没後、楠木正行が大阪四条畷の戦いに出陣する前に、やじりで堂の扉に辞世の歌を刻んだことでも知られている。
 慶安3(1650)年、文誉鉄牛上人が来て、本堂を再興し、真言宗を改めて浄土宗となった。
 如意輪寺には、南朝時代の寺宝や忿怒の姿を表した蔵王権現像、日本最大の寝拝観音「ねおがみ観音」など、歴史的に貴重な品が数多く展示されている。
 如意輪寺は、そこにいるだけで歴史を体感出来る、伝統の寺院である。
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2007/10/17


信楽院 Shingyou-in Shingyoin Temple

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 信楽院(しんぎょういん)は、滋賀県日野町のほぼ真ん中にある浄土宗の寺で、この地方の領主であった蒲生氏(がもうし)の菩提寺。貞和五(1349)年に蒲生高秀が小御門城(こみかどじょう)に阿弥陀如来を安置する小堂を建立したのが起源で、その後、音羽城、中野城と蒲生家の本城内に移されて来たが、中野城が廃されるに際し、定秀の隠居所であった現在地に移された。
 境内はさほど広くはないが、元文四(1739)年に建てられた県指定文化財の本堂などが目立つ。寺宝に伝恵心(でんえしん)作の観音像がある。本堂の天井には、日野町出身の著名な京狩野派画家・高田敬輔により、縦横一一メートルにおよぶ荒れ狂う巨大な竜が描かれ、睨みを利かせている。
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2007/10/12


八王子 真覚寺 Hachiouji Shinkaku-ji Shinkakuji Temple in Hachioji

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 八王子の真覚寺(しんかくじ)は、東京都八王子市散田町にある真言宗智山派の寺である。本尊は、不動明王。多摩四国八十八ヶ所71番札所とされる。
 応永一八(1411)年の創建で、白鳳時代の作である寺宝の薬師如来倚像は、市の有形文化財に指定されている。
 境内にある心字池周辺にはアジサイが多く、六月中旬には見頃となる。
 また、三月中旬からお彼岸にかけて産卵のために多数のヒキガエルが集まる事で有名である。今では少なくなったが、かつて数万匹に及んだともいわれるその様子は「蛙合戦」とも呼ばれた。
 梵鐘と鐘楼は万治三(1660)年に八王子千人同心が奉納したものといわれている。
 八王子の真覚寺は、アジサイと蛙合戦で知られる寺である。
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八王子 金剛院 Hachiouji Kongou-in Kongoin Temple in Hachioji

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 八王子の金剛院(こんごういん)は、東京都八王子市上野町にある高野山真言宗別格本山の寺院である。本尊は不動明王。八王子七福神のひとつで、関東八十八ヶ所六三番、武相観音四十八ヶ所一六番、多摩新四国八十八ヶ所七三番札所とされる。
 天正四(1576)年、僧・真清が不動堂を建立して開創し、寛永八(1631)年に高野山慈眼院・金剛峰寺の末寺として現在地に再興された。
 昭和二〇(1945)年の戦火で焼失したが、戦後再建した。
 七福神の寿老尊・福禄寿の二尊が奉安されており、寺宝として、都有形文化財に指定されている江戸時代初期作「紙本着色高野山図会」や「紙本着色西王母図」という六曲屏風を収蔵している。
 八王子の金剛院は、数多くの寺宝を所有する古刹である。
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