NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/12/14


龍門司坂 Tatsumonji-zaka 

Jp

 龍門司坂(たつもんじざか)は、薩摩の旧街道として知られる大口筋の一部で、全長が一、五キロメートルの坂道である。現在は約五百メートルが当時の石敷きで残されており、近世の交通を考える上で重要な道として考えられ、平成一八(2007)年に国の指定文化財となった。
 この坂道は寛永一二(1635)年に造られ、その後、元文六(1741)年には地元で採れる凝灰岩を利用して付近の山より切り出し、石畳を敷き詰め整備された。幅は広いところで七メートルほどあり、割合と広く感じられる。
 明治一〇(1877)年には、熊本へ向かう西郷隆盛率いる薩摩軍もこの坂を通ったといい、付近の人々が太鼓や三味線で送り出したといわれている。
 杉木立の中にある苔むした石畳にはたいへん風情があり、情緒たっぷりの坂道であることから、歴史の道百選にも選ばれている。
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2007/2/20


酢屋の坂 Suya-no-saka 

Jp

 酢屋の坂は、大分県杵築市にある歴史ある坂道である。
 酢屋の坂は、坂の多い町・杵築の中にあっても、「勘定場の坂」と並んで杵築を代表する坂である。
 坂の下にある綾部味噌が、大昔は酢屋であった事からこう呼ばれているという。
 幅の広い石段は、駕籠かきが通りやすいようにしたものであり、武家屋敷の古びた建物と石畳が調和しており美しい。
 頂上からは、谷川が流れる谷町を境に、志保屋の坂が南台へと急こう配で上るダイナミックな眺めが広がる。
 酢屋の坂は、奥行きを感じさせる「コンケーブ(くぼみ)景観」の典型であり、下るほど幅が狭くなり、遠近感効果を高めている。これは、戦時に敵を迎え撃つにも有利な構造であるという。
 酢屋の坂は、今でも昔ながらの景観を保つ、美しい坂道である。
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