二股城 Futamata-jyou Futamata Castle Ruins
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二股城は、静岡県浜松市二俣町にあった城である。
築城者は定かではないが、1520年代には二俣昌長が城主となっていた。
1568年、遠江に進出した徳川家康の城となる。以降、武田氏との間で、城を巡って獲り獲られたりの激しい攻防が続く。
1579年、家康の長子信康が武田方と内通していたと疑われ、信長により家康の妻・築山殿と信康に処罰が命ぜられる。この際、信康は二俣城で切腹となった。
1590年、豊臣秀吉により堀尾宗光が城主となったが、1600年、移転により廃城となる。
現在は、きれいに整備された公園になっており、石垣程度しか残っていない。近くには徳川信康の墓もある。
二股城は、信康の悲劇を彩る、天然の要塞である。
築城者は定かではないが、1520年代には二俣昌長が城主となっていた。
1568年、遠江に進出した徳川家康の城となる。以降、武田氏との間で、城を巡って獲り獲られたりの激しい攻防が続く。
1579年、家康の長子信康が武田方と内通していたと疑われ、信長により家康の妻・築山殿と信康に処罰が命ぜられる。この際、信康は二俣城で切腹となった。
1590年、豊臣秀吉により堀尾宗光が城主となったが、1600年、移転により廃城となる。
現在は、きれいに整備された公園になっており、石垣程度しか残っていない。近くには徳川信康の墓もある。
二股城は、信康の悲劇を彩る、天然の要塞である。
- 住所
- 431-3314 静岡県浜松市二俣町二俣
- 名前
- 二股城