NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/3/31


かぶら杉 Kabura-sugi Kabura-sugi

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 隠岐島後(おきどうご)の中村地区に、昭和四三(1968)年六月七日、島根県の天然記念物に指定された杉の大木がある。「かぶら杉」と名付けられ、樹齢は推定六百年、高さ約四〇メートル、幹周は約一〇メートルもあり、根元から一・五メートルの部分で幹が六本に分岐しているのが特徴。昭和初期までは大小一二本の幹があったという。名前の由来は、鏑矢(かぶらや)に形が似ているからという説と、株立ちから付けられたという説がある。
 アクセスは容易だ。西郷港から国道485号を北上し、県道316号を銚子ダム方面へ右折する。ダムを過ぎ、トンネルを抜けた少し先の右手に見えてくる。遠くから、そして近くから眺め、あるいは見上げているうちに、かぶら杉は何かを語りかけてくるに違いない。
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2007/8/27


生品神社 Ikushina-jinjya Ikushina Shrine

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 生品神社(いくしなじんじゃ)は、群馬県太田市新田市野井町にある神社である。祭神は、大穴牟遅神、品陀和気命、建御名方神。
 平安時代の神名帳に記載されているが、創祀年代は不明である。
 元弘三(1333)年5月8日、新田義貞が後醍醐天皇より鎌倉幕府倒幕の綸旨を受けた際に、生品神社境内で旗揚げをし、鎌倉に攻め込んだと伝えられる。
 境内には社殿の他、義貞像、義貞旗揚げ塚、床几塚、旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えられるクヌギの木の神木、記念碑等、義貞にまつわるものが多々存在する。
 義貞挙兵の故事にならい、毎年5月8日には例祭として鏑矢祭が行なわれる。
 古くは生階と称し、太田市内に多くある同名の神社の本宮であり、古来より崇敬が篤い。
 生品神社は、忠臣新田義貞にゆかりある古社である。
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2007/8/1


吉岡八幡神社 やぶさめ Yoshioka-hachiman-jinja Yabusame 

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 吉岡八幡神社(よしおかはちまんじんじゃ)は、宮城県大和町吉岡町裏にある神社である。祭神は応神天皇。
 やぶさめは、神社の秋季大祭にて行われる行事である。
 元和四(1618)年、仙台藩祖伊達政宗の三男・宗清により下草から吉岡へ移され、新造されたのが吉岡八幡神社の創祠とされる。
 寛永一一(1634)年、玄米15石ならびに諸神具を奉納し、祭例にはやぶさめを行っていたものが、現在まで伝えられている。
 祭礼には、五穀豊穣を祈願し、御神輿や子供神輿などの行列が町内を巡行した後、当たり矢によって翌年の吉凶を占うやぶさめが奉納される。
 白衣・袴を着、たすきをかけた姿の氏子が約60mの区間を疾走する馬上から、的をめがけて鏑矢を射る姿は迫力がある。
 吉岡八幡神社のやぶさめは、多くの人が訪れる勇壮な神事である。
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2007/2/28


笠間の流鏑馬 Kasama-no-yabume 

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 笠間稲荷神社の神事流鏑馬は、稲荷の大神様に縁の深い農作物の豊凶を占うとともに、日本の伝統文化で現存する二大流派の一つである弓馬術礼法宗家、小笠原流の古義古術を保存するために行われている。
 射手が馬を走らせながら約20秒間に3本の鏑矢を射て、馬場中央にいる奉行所の日記役が、その命中度を記録し、割れ方によって来年の豊凶を占うもの。
 昭和25年11月3日の文化の日に第一回目が行われ、以後笠間稲荷神社の菊祭りの最盛期でもある11月3日を恒例日として行われるようになり、毎年約2万人の観客で賑う。
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