野間大坊 Noma-daibou Noma Daibo
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野間大坊(のまだいぼう)は、正式には大御堂寺という名の真言宗の寺。歴史は古く、七世紀中頃の天武天皇の時代に始まる。源義朝(みなもとのよしとも)が湯殿で謀殺された所として名高い。義朝とは、頼朝・義経の父にあたる。
平治元(1159)年、平治の乱に破れた源義朝が、家来の鎌田氏の義父、長田忠致(おさだただむね)を頼って美濃から知多半島沿岸を通り、野間に落ちのびた。義朝は正月を忠致宅で過ごすが、平氏からの恩賞を目当てにした長田父子に浴室で殺されてしまう。
野間大坊には義朝の墓がある。義朝は最期「せめて木刀一本でもあれば殺されず済むものを」という言葉を残したといわれ、その墓には多くの木刀が供えられている。木刀を奉献すれば願いが叶うといわれている。
敷地内には義朝の首を洗ったと伝えられる血の池、湯殿跡などが今も残されている。
平治元(1159)年、平治の乱に破れた源義朝が、家来の鎌田氏の義父、長田忠致(おさだただむね)を頼って美濃から知多半島沿岸を通り、野間に落ちのびた。義朝は正月を忠致宅で過ごすが、平氏からの恩賞を目当てにした長田父子に浴室で殺されてしまう。
野間大坊には義朝の墓がある。義朝は最期「せめて木刀一本でもあれば殺されず済むものを」という言葉を残したといわれ、その墓には多くの木刀が供えられている。木刀を奉献すれば願いが叶うといわれている。
敷地内には義朝の首を洗ったと伝えられる血の池、湯殿跡などが今も残されている。
- 住所
- 470-3235 愛知県美浜町野間東畠50
- 名前
- 野間大坊
- 電話
- 0569-87-0050