NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/8/6


みやぎ村田町蔵の陶器市 Miyagi-murata-machi-kura-no-tougei-ichi 

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 江戸後期から昭和初期にかけて、村田商人が紅花(べにばな)の商取引で栄華を誇っていた宮城県・村田町。町の南北にのびる旧街道、通称「蔵の町並み」には、今でもかつての繁栄ぶりを偲ばせる重厚な店蔵が並び、「みちのく宮城の小京都」と呼ばれるにふさわしいしっとりとした町並みが見られる。
 この村田町で年一回開かれるのが「みやぎ村田町蔵の陶器市」である。町有数の村田商人であった「やましょう」を含む店蔵や空店舗に、宮城県はもとより東北・関東を中心とした陶芸家たちが集まり、陶器の展示・販売を行うものだ。
 陶器市では、毎年ひとつのテーマが設けられ、そのテーマに沿った幅広い作風の作品が一堂に会する。平成十八年のテーマは「酒器」。合計67窯が参加した。
 さまざまな陶芸家との会話も楽しめるこの陶器市には、毎年約4万人もの観光客が訪れるという。
 夕暮れになると蔵のライトアップも行われ、幻想的な雰囲気で陶器市をさらに盛り立てる。
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2007/5/23


菊屋家住宅 Kikuyake-juutaku 

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 「菊谷家住宅(きくやけじゅうたく)」は、萩藩の御用達を勤めた豪商菊屋家の住宅である。幕府巡見使の宿として本陣にあてられたとされる。屋敷地には数多くの蔵や付属屋が建てられている。
 主屋、本蔵、金蔵、米蔵、釜場の5棟が国の重要文化財に指定されている。
 萩に入った菊屋家は、現在の菊屋家住宅周辺を毛利輝元から与えられ、整備し、 そして呉服町という町名がついた。
 この住宅は主屋が極めて古く、全国的にみても最古の部類に属する大型の町家として、その価値は極めて高い。
 菊屋家に伝わる500点余りの美術品、民具、古書籍等が常設展示されており、往時の御用商人の暮らしぶりを今に知ることが出来る。
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2007/5/15


喜多方 蔵のまち Kitakata kura-no-machi Kitakata Warehouse Town

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 はじめて訪れた人にも、懐かしい郷愁を感じさせずにはおかない、素朴な趣のあるまち。それは、喜多方の蔵が観光のためにつくられたものではなく、現在も人が住み、使い、暮らしのうつわとしての役割を果たしているからである。
 表通りはもちろんのこと、路地裏や郊外の集落にまで蔵があり、その数は二千六百棟余といわれる。
 このまちに、こんなに多くの蔵が建てられたのには、いくつかの理由がある。良質の水と米に恵まれた土地ならではの醸造業を営む場として、蔵が最適な建物であったこと、また蔵は男たちの夢の結晶であり、自分の蔵を建てることは、情熱をかけた誇りの対象でもあった。
 そして、もう一つの大きなきっかけとなったのが、明治十三年に起きた大火である。そのとき、くすぶる焼け野原に、厳然と残ったのがまぎれもない蔵の姿だった。こうして喜多方の人々は、蔵を誇りとして、蔵とともに、今日も暮らしている。
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2007/2/13


蔵 土蔵 Kura Dozou Kura and Dozo Storehouses

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 日本の伝統的な建築様式で、外壁を土や漆喰などで塗り固め、建造される保管庫や倉庫の事。主に火災や盗難防止のために建てられていたが、後に裕福さの象徴として建てられる事もあった。
 古くは江戸の大火や近代では太平洋戦争中の空襲による大火でも、内部に火が回らない事例が多かったことから、耐火性に関しては定評があり、外壁の特徴ある凸凹は、なまこ壁と称される。現在は、伝統的で独特な外観を生かして、飲食店などの商業施設に転用される事もある。
 この日本建築で壁や土塀、土壁、漆喰などを仕上げる左官は欠かせない存在である。かつては土蔵の外壁や鏝絵など、技術を芸術的領域にまで昇華させる職人もいた。
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2007/2/8


岡邸 Oka-tei 

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 愛知県名古屋市有松にある江戸末期に建てられた重厚な歴史的建造物。名古屋市指定有形文化財。
 有松は幕末期当時の歴史的な町並みが残る場所で、岡邸は有形文化財では、一番古く、また一番大きいといわれる。 
 主屋1棟、作業場1棟、蔵2棟の構造で、街道沿いに並んだ絞商(しぼりしょう)の町屋の典型である。
 間口は連子格子、なまこ壁、虫籠窓、塗りこめ造りをよく残している。
 この家にだけある、2階のひさし裏の塗りごめ造りの「波状」も特徴的である。
 明治頃に改良され設置された「電話」がまるで「電話ボックス」のような透明の囲いの中に取り付けられているところが、なんともレトロであり、観光客の間でもちょっとした話題になっている。
 有松の観光コースとして、桶狭間古戦場とともに紹介されている。
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小塚邸 Kozuka-tei 

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 愛知県名古屋市有松にある江戸末期に建てられた重厚な歴史的建造物。名古屋市指定有形文化財。
 有松は幕末期当時の歴史的な町並みが残る場所である。当時、東海道一の美観とうたわれ、390年の歴史のある、有松絞りの発祥の地でもある。
 小塚邸は有松の街道で一番大きいとされる「岡邸」の横に並ぶ。
 塗籠造の中では、小塚邸は最も古いもののひとつといわれている。
 主屋1棟・蔵2棟・茶室1棟の構成で、街道沿いに並んだ絞商の町屋の典型である。
 連子格子・なまこ壁・虫籠窓・塗ごめ造り・卯達が整った建物であり、外柱に残る駒止めの環が往時を物語る。
 有松の観光コースとして、桶狭間古戦場とともに紹介されている。
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服部邸 Hattori-tei 

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 愛知県名古屋市有松にある江戸末期に建てられた重厚な歴史的建造物。愛知県指定有形文化財。
 有松は幕末期当時の歴史的な町並みが残る場所である。当時、東海道一の美観とうたわれ、390年の歴史を誇る、有松絞り発祥の地。現在でも8代目井桁屋の名で絞商品の卸、小売を営む。
 広い敷地には、主屋1棟・井戸館1棟・客室1棟・門1棟・門長屋1棟・蔵6棟の構造の大屋敷である。
 間口は連子格子・なまこ壁・虫籠窓・塗ごめ造り・卯達と当時の防火対策を今に残している。
 また、庭にあるクロガネモチは天明の大火前から、この地に生えていたと言われ「都市景観保存樹」に指定されている。
 有松の観光コースとして、桶狭間古戦場などとともに紹介されている。
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竹田邸 Takeda-tei 

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 愛知県名古屋市有松にある江戸末期に建てられた重厚な歴史的建造物。名古屋市指定有形文化財。
 有松は幕末期当時の歴史的な町並みが残る場所である。当時、東海道一の美観とうたわれ、390年の歴史である、有松絞りの発祥の地でもある。
 主屋1棟・蔵3棟・茶室1棟・26畳の書院造りの座敷からなる。明治、大正に入って整備されている。 
 二階の壁は黒しっくいの塗ごめ造り、庇には明治期のガス燈が乗り、建物の西側には接客用の玄関がある。当時の商家の繁栄ぶりを今に残している。
 東側には土蔵郡があり、広い間口となっている。
 有松の観光コースとして、桶狭間古戦場などとともに紹介されている。
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