NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/1/17


盆栽 つるうめもどき Bonsai Tsuruumemodoki 

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 「蔓梅疑(つるうめもどき)」とは、にしきぎ科つるうめもどき属で、冬に葉がなくなる落葉低木である。
 「つるうめもどき」という名前は、もちのき科の「梅疑(うめもどき)」に似ていることからその名がつけられた。
 初春に新芽が出て、みるみるうちに葉が茂っていく。5月から6月頃、黄緑色の小さな花がたくさん咲き、穂長が20センチメートルほどになる。葉は長さ10センチメートルくらいの楕円形である。
 秋に入り、葉が落ちたあと黄色の実がなり、熟すと裂けて黄色の仮種皮に包まれていた赤い種子が顔をだす。黄色の実と赤い実の対比が美しいことから、生け花の材料として使われることも多い。また、樹皮から繊維をとり、糸撚りなどの材料としても使われる。
 冬の乾燥に強く、育てやすい樹木として知られている。春の新緑から秋の紅葉、そして冬の落葉など、四季折々の変化を気軽に楽しむことができる。
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蒲公英(タンポポ) Tanpopo 

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 春の訪れとともに黄色い花を咲かせ、ふわふわの綿毛のついた種子を作る蒲公英(たんぽぽ)。誰もが一度は幼い頃に、その綿毛を吹いて戯れたことがあるのでは、というくらい日本では馴染み深い植物である。また、春の季語として俳句や短歌などにも多く詠まれている、
 種子は風に乗って遠くまで飛び、生命力も非常に強く、発芽する場所を選ばないという。
 キク科の多年生植物で、きざきざの葉がライオンの牙を連想させることから、「ダンデ・ライオン」という英名がついている。漢字の蒲公英は中国名である。
 たんぽぽという言葉の由来には様々な説がある。冠毛が綿を丸めて布などで包んだ「たんぽ」というものに似ていることから、「たんぽ穂」と名づけられたという説もある。
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2007/11/14


蓮 Hasu 

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 ハス科の「蓮(はす)」は多年生の水生植物で、花托(かたく)が蜂の巣の様にたくさんの穴が空いていて果実が実る事から「蜂巣(はちす)」と言われ、それを略してハスになった。蓮という字は、種子が連なって付く事からと言われる。
 原産地はインドやその周辺とされ、仏教において神聖なものとされている為、アジアの多くの国では国花となっている。
 夏の早朝、水面まで花茎を伸ばし白またはピンク色の花を咲かせるが、昼過ぎの午後3時頃には閉じてしまう。花の開閉を三度繰り返し、4日目には花びらが散ってしまう儚さがある。「夏」の季語になっている。
 昭和二六(1951)年3月、理学博士の大賀一郎氏が千葉の検見川遺跡から発見し発芽させたものは、約2000年前のもので、大賀ハスとして今でも可憐な花を毎年咲かせている。
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2007/9/10


犬城海岸と馬立の岩屋 Injoukaigan-to-madate-no-iwaya 

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 犬城海岸(いんじょうかいがん)は、鹿児島県熊毛郡中種子町に広がる、自然の奇岩・巨岩や洞窟が続く種子島屈指の景勝地である。
 馬立の岩屋(まだてのいわや)は、その犬城海岸の北端にある洞窟である。
 犬城海岸という名は、修験道の犬神使いであった10代島主種子島幡時が修行した地がこの辺りであった事から付けられたという。
 馬立の岩屋も修行地の一角で、中は広いほら穴であり、奥には鳥居と祠が建っている。
 伝説では、幡時は犬のように崖をかけ上り、飛び降りるという天犬の兵法の修行をしていた。
 しかし修行中、幡時は岩屋の中で行方不明になり、主人を待つ馬がいつまでも立っていた事から、以後、馬立の岩屋と言われたという。
 犬城海岸と馬立の岩屋は、不思議な伝説に彩られた場所である。
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2007/6/28


出雲大社 福神祭 Izumo-taisha Fukujin-sai 

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 出雲大社は、正式には「いずもおおやしろ」と言い、その神楽殿で毎年旧暦元旦未明、午前1時に行われる新年を祝う祭りが「福神祭」である。神楽殿は、西の門から境内を出て川を渡ったところに位置している。
 この福神祭は、前日の晩より神楽殿内に多くの人々が「お籠もり」をするが、斎行されるのが午前1時の子(ね)の刻であることから、「子(ね)ごもり」とも言われている。「子」とは十二支の初めであって、種子が新しい生命を宿して芽吹きはじめることを意味し、その息吹の時刻に大黒様との「結び」のご神徳をいただいて、1年間の福を祈願するのである。
 神楽殿内には注連縄(しめなわ)が張りめぐらされており、その注連縄に付けて垂らされた紙垂(しで)は福運を招くとの信仰があって、祭事が終るとすぐ、参列者が競って取り合う。この紙垂を竹に刺して田畑に立てたり、神棚にお祭りすると、五穀豊穣や家内安全などの福縁を招くと言われている。
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2007/6/26


北海道 赤松並木 Hokkaido Akamatsu-namiki 

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 北海道の赤松並木(あかまつなみき)は、北海道亀田郡七飯町峠下~函館市桔梗町を結ぶ約14kmの並木道である。
 安政四(1857)年、箱館奉行支配組頭・栗本瀬兵衛が、故郷佐渡から取り寄せた赤松の種子を七重の官園で育成し始める。文久二(1862)年、瀬兵衛は育った若木を旧道に移植、明治九(1877)年には更に植樹を増やし、現在の景観になった。
 「北海道の名木美林」に収録され、「日本の名松・100選」「日本の道100選」「新・日本街路樹百景」にそれぞれ選出、歴史国道にも認定されている。
 青森県が天然分布の北限とされながらも、北限を越えた異郷の地、北海道の厳しい自然条件下で育成し、多くの人々に親しまれてきた。
 北海道の赤松並木は、特に初夏から秋にかけて、道路が緑のトンネルとなり、すばらしい景観となる名勝地である。
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2007/6/13


八幡崎遺跡 Yawatazaki-iseki 

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 八幡崎遺跡(やわたざきいせき)は、青森県平川市八幡崎にある縄文晩期の泥炭層遺跡である。青森県指定文化財となっている。
 昭和二三(1948)年、中学校建設工事の際に発見され、昭和四六(1971)年から3年間、発掘調査が行われた。
 縄文時代晩期の、6型式に細分された分類方法の中でも最も古い「大洞B式」から中期の「大同C1式」土器、石器、石製品、土製品をはじめ、藍胎漆器、木製碗、丹漆塗腕輪、同櫛並びにカヅノ木の根が発掘され、また炭化米・堅果種子・樹皮・哺乳類骨も発見されている。
 繊維で編んだアンペラと呼ばれる敷物も出土し、その上で干したと見られる状態で果実酒の原料となるカジノキの実もでてきた。
 見つかった土器の中には関東地方で多く見つかっている土器も含まれており、交流があったものと思われる。
 八幡崎遺跡は、遙か昔の縄文文化を伺える、貴重な遺跡である。
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2007/1/11


竹富島の集落 Taketomijimano-shuuraku The Village of Taketomi Island

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 竹富島の集落は、沖縄県の竹富島にある独自の文化、風習が残る伝統的建造物の保存地域である。
 台風が多い地域の伝統的な家で有名な竹富島の集落は、屋根や塀の上など至る所に魔よけのシーサーを見ることができる。竹富島のシーサー達はそれぞれ形や色、表情が違っていて、独自の文化、風習が風景の中にとけ込んでいる。
 1987年、国の重要伝統保存地区に選定される。特に、町の中央にある赤山公園のなごみの塔からの景観が、素晴らしい。
 昔ながらの景観や文化が竹富島の人々によって継承されており、国指定重要無形文化財の種子取祭など、伝統行事も盛んである。
 ハイビスカスが咲き、サンゴを積み上げた石垣に囲まれた家の伝統的な赤瓦と白砂の道が美しいコントラストを見せる集落は、今でも昔ながらの景観を残している。
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