NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/10/2


東霧島神社 Tsumakirishima-jinjya 

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 東霧島(つまきりしま)神社は宮崎県都城市高崎町にある神社。霧島六社権現のひとつ。主祭神はイザナギノミコトである。考昭天皇が創建したといわれる。「東」と書いて「つま」と読む。霧島の東端という意味がある。
 朱色の鳥居から神殿に伸びる「鬼岩階段」と呼ばれる石積みの階段がある。鬼が一晩で積み上げたという言い伝えのとおり、かなり不規則に積まれているためはっきりした段数がわからないほどである。振り向かずに登りきると願い事が叶うとも言われる。
 境内にはイザナギノミコトが十握の剣で切断したという「神石」と呼ばれる真っ二つに切られたような大きな石がある。また、樹齢1000年を越すといわれる楠の巨木が目を引く。
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2008/3/12


焼山寺 Shousan-ji 

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 四国霊場第12番である焼山寺(しょうさんじ)。開基は修験道の開祖役小角(えんのおづの)といわれ、焼山寺山を道場として拓き、蔵王権現を祀ったことに始まるとされる。
 またこの寺は深い山中にあるため、四国八十八箇所霊場の中でも随一の難所として知られている。
 山号の由来は、のちに弘法大師がおとずれた時、焼山寺山の台地に大蛇がおり、火を吐いて山を焼くなど村人を困らせていることを聞き、水輪の印を結んで退治したことから、とされている。
 仁王門をくぐると、県の天然記念物に指定された見事な老杉が参道両脇に並び、境内には本堂、右手に大師堂、弁天堂、鐘楼、そして大師伝説の残る岩屋がある。
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2007/12/11


武蔵御嶽神社 Musashi-mitake-jinja 

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 関東有数の霊場として知られる武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)は、青梅にある御岳山の山頂にある。社伝によると、紀元前九〇年、崇神天皇の時代に創建されたと伝えられ、主祭神は櫛真智命(くしまちのみこと)である。
 天平八(736)年に行基が東国鎮護を祈願し、蔵王権現を勧請したといわれる。古くは神仏習合により蔵王権現・御嶽権現と呼ばれ、魔除けや火難除けの守護神として崇敬された。江戸時代には民衆からの信仰を受け、現在も一年を通してたくさんの参拝客が訪れる。
 参道には三〇もの宿坊が立ち並んでおり、入り口である随身門から二五〇段の石段を登ると、本殿と幣殿・拝殿が建つ。本殿は神明造で、幣殿・拝殿は元禄一三(1700)年に造営された権現造りである。
 標高九二九メートルの山頂からは東京都内を一望できるほか、日光連山、丹沢山系などが望める。
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檜原村 五社神社 Hinohara-mura Gosha-jinja 

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 檜原村五社神社(ひのはらむらごしゃじんじゃ)は、東京都西多摩郡の檜原村に鎮座する古社だ。
 不動明王を中心に、降三世(ごうざんぜ)明王、軍荼利(ぐんだり)明王、大威徳(だいいとく)明王、金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王の五大明王が全て揃っている全国でも数少ない神社である。
 また、境内には木造の一木造りによる蔵王権現立像や不動明王立像があり、損傷は見られるもののこれらは平安時代の彫刻といわれており、東京都の重要文化財に指定されている貴重なものである。
 本殿までは長い石段が続いており、登って行くと杉木立に囲まれた、静寂な空気の中に佇む神社が見えてくる。
 静かな境内を散策し、歴史と信仰のたゆまない流れに思いを馳せるのも良いかも知れない。
 九月の第二土日には例祭が行われて人里獅子舞が奉納されており、いつもの静けさとは違った、賑やかな境内も楽しむことができる。
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2007/11/15


熊谷寺 Kumatani-ji 

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 四国霊場第八番である熊谷寺(くまたにじ)。
 弘法大師が弘仁年間(816~823)にこの地を訪れ、閼伽が谷(あかがたに)で修行されていると、紀州の熊野権現が現われ、1寸8分(約5cm)の金の観世音菩薩像を大師に授けた。
 大師は自から霊木に等身大の千手観音像を刻み、その胸の中に仏舎利120粒とともに、金像の本尊を納めて堂宇を建立、安置したのが起こりとされる。
 昭和二(1927)年火災に遭い、本堂・本尊とも焼失。その後昭和一五(1940)年に本尊を安置する奥殿と拝殿が、昭和四五(1970)年に供養殿と本尊が再建された。
 本堂から更に階段を上った所にある大師堂は、宝永四(1707)年に建立され、安置されている大師像も永享三(1430)年の作とかなり古く、寺宝とされ伝わっている。
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2007/11/12