NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/27


今津とんど祭 Imazu-tondo-matsuri Imazu Donto Festival

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 日本海に浮かぶ隠岐の島の南端に今津(いまづ)地区がある。ここでは毎年一月一五日に、恒例の「とんど祭」が行われる。とんど祭は、正月飾りを燃やし、神聖な火に無病息災を願う平安時代からの行事で、地域によっては「どんと」あるいは「どんど」とも呼ばれている。
 今津では、早朝からカラフルな袋を持った住民が次々と浜に集まる。袋には御札やしめ飾りが収められていて、竹を組んで作った巨大な「とんど」に、順序よく丁寧に取り付けられて行く。最後に大きな吹流しが吊るされると、積み上げられたわらに火が付けられ、巨大な火柱となって燃え上がる。
 やがて燃え上がった竹が海に倒れ落ちるのを待ちかねて、東西二組に分かれた若者たちが、ふんどし一丁で厳寒の海に飛び込みこれを奪い合う。その後、竹は祝い事があった家に運ばれ祭りは終わる。
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2007/9/4


遠州新居手筒花火 Enshuu-arai-tezutsu-hanabi 

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 江戸時代から続く伝統行事「遠州新居手筒花火(えんしゅうあらいてづつはなび)」は、毎年7月下旬の金、土曜日の二晩、静岡新居町で約2000本もの手筒花火が舞い、旧宿場町は祭り一色に染まる。
 約300年前、三河地方の奉納神事で行われていた手筒花火が、新居関所を所轄していた吉田藩から伝えられたという。その後、新居の男達によって野性味が加えられ、お囃子に合わせて手筒を抱えながら踊る豪快なものになった。
 東海道の奇祭として知られる遠州新居手筒花火は、町の中心部にある諏訪神社祭礼の奉納煙火(ほうのうえんか)として行われており、クライマックスの「猿田彦煙火(さるたひこえんか)」は、天狗の衣装を纏った男をはじめ、数十人の男達が持つ手筒に一度に火を点け、夜空を焼き尽くすかの様に勇壮に火柱が立ち上げ、壮観な光景を楽しませてくれる。
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2007/1/31


松明あかし Taimatsu-akashi Taimatsu-akashi Festival

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 松明あかしは、福島県須賀川市栗谷沢にて行われる、日本三大火祭りと言われる祭りである。
 須賀川の松明あかしは、400年の伝統を誇り、毎年11月の第二土曜日に開催されている。
 当日は長さ10m、重さ3tもある大松明を、威勢のいい須賀川の若衆150人が担ぎ出し、街を練り歩く。大松明の後に少年少女武者行列、さらには須賀川城主・二階堂家の武者行列と続き、街の中は祭り一色となる。
 山頂では鉢巻き姿の威勢のよい若者達によって松明太鼓が打ち鳴らされる中、30本もの本松明と、須賀川城を模した仕掛け松明が次々に点火され、全山火の海と化す。
 炎と太鼓の大供宴は、まさしく一大戦国絵巻の再現である。
 松明あかしは、威勢の良い太鼓の音と、夜空を彩る火柱が組み合わさった、幻想的な祭りである。
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2007/1/25


手筒花火 Tezutu-hanabi Tezutsu Hanabi Fireworks

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 手筒花火とは、円筒形の手持ち噴出花火のことである。竹筒の中に黒色無煙火薬が仕込まれており、上部の開口部から燃焼噴出させるものである。
 直径約10センチ、長さは70〜80センチの青竹の節をくりぬき、周囲を麻縄で巻きつけた手筒を使用する。
 手筒花火の元は、戦国時代に通信連絡用に使用された「ノロシ」と思われる。鉄砲伝来と共に伝わった黒色火薬によって一段と進歩し、元禄十三(1700)年の頃には「大ノロシ」と称された。
 当時すでに煙だけでなく、花火として鑑賞に耐え得る形が出来上がっていたと考えられる。後に、五穀豊穣を願い手筒花火が祭礼に奉納されるようになった。
 手筒花火の噴き上げる巨大な火柱はスリルと迫力に満ち、音と光の浮世絵として、見る者を魅了してやまない。
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