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密貿易屋敷(みつぼうえきやしき)とは、鹿児島県南さつま市坊津にある森吉兵衛屋敷の事である。
リアス式海岸にある坊津は琉球・南方諸国に近く、古くから日本三津といわれた中国との玄関口として栄えた貿易港であった。
江戸時代に入ると、幕府の鎖国政策により大陸との貿易は長崎の出島ひとつとなった。
しかしこれは表向きのことで、そのあともこの港を本拠地として、薩摩藩は大陸との密貿易を続けたのである。
屋敷は、万延元(1860)年、三代・森吉兵衛が建て、五代・吉兵衛まで住んでいたもの。
屋敷内には隠密に貿易を行うため、中二階・覗き窓・隠し部屋など、構造上の様々な工夫がなされている。
密貿易屋敷は、江戸の昔が偲ばれる史跡である。
リアス式海岸にある坊津は琉球・南方諸国に近く、古くから日本三津といわれた中国との玄関口として栄えた貿易港であった。
江戸時代に入ると、幕府の鎖国政策により大陸との貿易は長崎の出島ひとつとなった。
しかしこれは表向きのことで、そのあともこの港を本拠地として、薩摩藩は大陸との密貿易を続けたのである。
屋敷は、万延元(1860)年、三代・森吉兵衛が建て、五代・吉兵衛まで住んでいたもの。
屋敷内には隠密に貿易を行うため、中二階・覗き窓・隠し部屋など、構造上の様々な工夫がなされている。
密貿易屋敷は、江戸の昔が偲ばれる史跡である。
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