NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/22


和紙 Washi 

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 和紙(わし)とは日本独特の工法で作られる紙をいう。その歴史は奈良時代までさかのぼる。最大の特徴はトロロアオイやノリウツギなどの植物から採取される透明の粘液であるトロロを混入する流し漉き(ながしずき)という技法で作られることにある。
 流し漉きは長い年月の間試行錯誤を繰り返し完成されたものであり、材料となる植物のアサやコウゾにこれらを混ぜることで独特の粘りが生まれ、伸縮性と通気性に優れた手触りのよい品質の高い紙を作り出せる。この通気性に優れた紙は太陽の光などを柔らかくするので障子などにも使われてきた。
 また、長年の間に日本で原生するスイセン,ビナンカズラ,ヒガンバナなどを加えることで水や火に強く破れにくい紙へと発展していった。
 特に和紙は植物のみで作られ薬品などを一切使用しないうえ、原料は栽培できるのでリサイクルにも優れ森林破壊防止ともなる紙である。
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2008/3/25


注連飾り(島根、山口) Shimekazari(Shimane,Yamaguchi) Shimekazari (Shimane, Yamaguchi)

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 中国地方の一部の注連飾り(しめかざり)には、紙垂(しで)や、橙(だいだい)などと一緒に、赤唐辛子が飾られているものがある。
 唐辛子は、古来より世界の各地で「魔除け」として用いられることが多い。玄関に吊るすことで邪気の侵入を防ぐと言われている。
 棘のある植物や香りの強いものは悪鬼を祓うと言われ、節分の日に柊の枝と鰯の頭を門戸に挿す習慣と通じるのかもしれない。
 また、紙垂を飾ることには外からの災いや厄を吸収させるという意味もある。
 「注連・シメ」は「占める」の意味で、注連縄は疫病などの不浄なものの侵入を封じ、神などがいる「結界」を示し、また、幸せなどを外へ逃がさないようにする印として張られる。
 こうした注連縄の役目は、注連飾りのもとになっているといわれる。
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2008/3/11


紙垂 Shide 

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 注連縄(しめなわ)や玉串、祓串、御幣などにつけて垂らし、特殊な裁ち方をして折った紙を「紙垂(しで)」という。「四出」とも表記され、単に「垂」と書かれる事もある。
 かつては木綿(ゆう)などの布が用いられていたが、現在は奉書や美濃紙、半紙などの紙が使われており、裁ち方・折り方は伊勢流、白川流、吉田流などの代表的な流派の他に、神社による伝統の裁ち方・折り方もある。垂らされる数によって二垂、四垂、八垂などと表わされ様々な形式があるが、いずれも白衣を着用して身を清めた上で、心を落ちつけ紙垂を作り上げる。
 注連縄に垂らして用いる時は、神域や祭場などの聖域と外界とを隔てるものとして、玉串、祓串、御幣などに用いた時は祓具としての意味を持つなど、それぞれの用途が存在する。
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2008/2/7


ラルフ・キゲル Ralph Kiggell Ralph Kiggell

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 ラルフ・キゲル、英国出身。1960年、ザンビア生まれ。その作品において、東アジアからの影響を強く受けている木版画作家である。
 子供の頃から日本の木版画に興味を持ち、ロンドンの大英博物館で定期的に開催される浮世絵の特別展で、葛飾北斎や喜多川歌麿などの作品に触れる。1990年、木版画の勉強のために来日。木版画家の吉田遠志が設立した東京の吉田版画アカデミーで、遠志の息子で吉田博の孫でもある吉田司のもとで学ぶ。後に京都精華大学、そして多摩美術大学で現代木版画の技術を学ぶ。
 日本の木版画は、手作りの天然の素材を用いてすべての制作過程を手作業で行う。その繊細さがキゲル氏にぴったりとくるようだ。「手から木へ」そして「木から紙へ」という一連の流れには有機的な関係がある。まさに今私たちが生きているデジタル時代において、木版画は現代の芸術表現の中で特別な力を持つ重要な媒体であるとキゲル氏は考えている。
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2008/2/6


紙相撲 Kamizumou 

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 それまでの戦乱が一時の終息を迎え、江戸時代は平穏な時が流れるとともに、庶民の文化も大きく発展していった。そんな中、相撲は当時の人々にとっても、非常に人気を博した娯楽であった。そのため、相撲に関連した遊びが多く生み出されたという。紙相撲(かみずもう)もその中の一つであった。
 紙で作った力士である人形を、土俵に見立てた板や厚紙をの上に置き、その隅をトントン叩く。すると紙の力士が互いに動き出し、どちらかが倒れるまで勝敗を争う遊びである。
 昭和二九(1954)年に徳川義幸氏という当時一七才の少年が、独自の紙相撲の方法を考案。これがマスコミに大きく取り上げられ、全国的ブームにまで発展し、遂には、日本紙相撲協会が設立されるまでに至った。
 現在では、紙の大きさや土俵の大きさ、土俵においた時の人形の角度など、本物の大相撲のようにきめ細かい約束事が決められており、全国に多くの愛好者がいる。
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2007/12/26


めんこ遊び Menko-asobi 

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 めんこ遊びは、江戸時代から親しまれてきた素朴な遊びである。
 初めは人の顔や紋が面型に抜かれた粘土を焼いて作られたもので、直系2cm~3cmほどのものだった。
 明治に入ると、薄い鉛製のものとなり、この時代に、めんこあそび特有の相手のめんこを反転させる、いわゆる“起こし”が生み出されたといわれている。
 その後は厚紙でできた紙めんこへと姿を変え、今に至っている。
 遊び方も至極単純で、地面に置いためんこに対して別の者が手にしためんこを叩きつけ、地面のめんこが裏返るかどうかで勝敗が決まる。また、裏返されためんこは、叩きつけた者の所有となることも特徴である。
 表面には、その時代の人気の風物が図柄として用いられてコレクションのような価値観もあったため、取ったり取替えしたりといった競争心も、遊びの盛り上げに一役買っていたようだ。
 近年ではその他の様々な遊びに押されて衰退気味ではあるが、平成の世になった今もその面白さは脈々と受け継がれている。
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書道 Shodou 

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 書道とは「言葉」が持つたたずまいや力を筆と墨で書きつけ、表現する事である。筆、墨、紙、硯(すずり)の道具を使用する。
 筆圧の強弱や墨の濃淡なども大きく影響し、少しの違いから印象が大きく変わる事もある。その文体で書いた人間の人柄を推察する事ができる。
 書道は中国を発祥としており、日本でも初等教育で義務教育として授業に盛り込まれている。
 一般的には最初は規律制やバランスを学び、基本が確立されると独自性のある書き方へと移行していく。同時に伝統を継承し、豊かな情操を養う事を目的としている。
 白紙に黒い文字を書く、シンプルなものであるが表現方法に悩ませ、楽しませ、また感銘を与える「学・芸・道」の文化である。
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2007/12/14


バラ踊り Bara-odori 

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 竹製のザルをバラと呼び、これに紙を貼って太鼓にしたものを叩いて踊るのが「バラ踊り」である。毎年九月の第三日曜日に、さつま町中津川にある大石神社大祭で奉納される。
 この踊りのはじまりは、豊臣秀吉が朝鮮出兵した際、凱旋祝いとして従軍兵士に踊らせたという説や、出稼ぎにきたバラ職人が、商品が売れるように発案して広めた説、そして島津義弘が関が原の合戦で敵中突破をし、無事に帰ってきたときのお祝いに、即席に民家のバラを叩いて踊った説などが伝えられている。
 バラ踊りは、鉦組とバラ組に分かれ、二列に並んで左右に分かれて円陣を作り、頭鉦の合図で踊りだす。バラは外円をぐるぐるまわりながらばちでバラを打ち叩き、鉦は内円を走りまわって鉦を打ち鳴らし、頭鉦の合図で踊り終わるものである。
 地元の小学校に文化財少年団を結成し、この民俗芸能を習得し、見事な演技を披露している。
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