NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/4/4


山形 いずめこ人形 Yamagata Izumeko-ningyou 

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 山形のいずめこ人形(いずめこにんぎょう)は、山形県鶴岡市に伝わる伝統民芸品である。
 「いずめ」とは「飯詰」の字があてられる、東北地方の冬期のご飯の保温具で、わらで編んだ丸いかごの事であり、それを利用して乳児をこの中に入れ、揺りかご代わりにしたその姿を「いずめこ」と呼んだという。
 大正初期に鶴岡の玩具工人・大滝武寛が、中に人形を入れた「いずめこ人形」として売り出したのが最初と云われており、現代では、庄内を代表する民芸品となっている。
 わら細工は、編んではわらを継ぎ足すという同じ作業の繰り返しで、実に細かく根気のいる作業であり、直径約30cmのいずめこが完成するのに要する時間はおよそ12時間と言われている。
 山形のいずめこ人形は、人々に親しまれている民芸品である。
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2008/3/17


【気】 Ki Energy, Spirit, Atmosphere

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 象形文字の气が初文。また、气の初文は乞、雲気の流れる形です。気は空気、天気、湯気、気息などに現れるエネルギーの根本のユニットと考えられます。
 白川先生が最後に執筆した漢字字書『常用字解』に、はじめて「気を養う」という、「気」と「お米」との役割関係が説かれています。ちなみに、韓国のジェーコブ・チャング-ウイ・キム氏の英語の漢字説にもそのように説かれています。
 生き物にエネルギーを与えているのは食べ物であり、食べないと生きていけず、気力がわいてきません。昔から東アジアの基本食はご飯とされており、お米はエネルギーの元でもあります。「気」の上の部分は炊いたお米・ご飯から上がる「湯気」ではないかという、象形的な文字としての位置づけができると考えられます。
 「気」は日本語では人間の気分・気持ちを表現する多くの言い方に使われるようになり、東アジアでは太極拳や合気道などの気息・呼吸法が大事とされる武道の文化の基本にもなりました。
 古代ギリシャ哲学には、とても似ている概念の「プノイマ(空気)」があります。汎神論を唱え、自然の法則に従うライフスタイルをすすめていた古典哲学派のひとつである「ストア派」は、これを「宇宙にどこにもあるロゴス(世界理性)を担っている、一番細かい空気みたいな物資」として考えています。そういう意味では昔から「気」は西東共通の考え方でした。
 
■ 気・篆文(てんぶん)
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2007/12/4


茶碗 Chawan 

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 茶碗(ちゃわん)とは、現代では普通、ご飯を盛る陶磁器の器の事を指す。
 元々は茶を喫するための器として、奈良時代から平安時代にかけ、茶と共に伝来したとされる。
 当初、貴重な茶を楽しむための良質な器を茶碗と言ったが、鎌倉時代、喫茶の風習が広まるにつれ、碗形の陶磁器の総称となった。
 やがて、茶碗が陶磁器の総称となったため、ご飯を盛る器を飯茶碗、お茶を飲むための器を煎茶碗などと呼ぶようになった。
 茶碗の形状は、碗形のものが多いが、筒形や平形、輪形、半筒、端反、沓形などがある。また、天目形、井戸形のように茶碗の特徴が形状名になっているものもある。逆にその形状から筒茶碗、平茶碗等と呼ばれる茶碗もある。
 茶碗は、日本の一般的な食生活に欠かせない、陶磁器である。
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2007/10/9


井川メンパ Igawa-menpa Ikawa Menpa

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 井川メンパ(いがわめんぱ)は、静岡県静岡市井川に伝わる伝統工芸品である。
 メンパというのは、山仕事に愛用された弁当箱の事で、今でも山の必需品として多くのファンに支持されている。
 井川メンパの特徴は、天然漆の美しい光沢と、詰めた食べ物が冬暖かく夏は腐らない事で、メンパに詰められたご飯を食べれば、現代的な弁当箱にはない、ほのぼのとしたおいしさを味わう事が出来る。
 起源は定かではないが、鎌倉時代から作られていたと言われている。室町期に井川は金山で栄え、そのために水替えの杓や曲桶の需要があったため、曲物の技術が修練された。のちに農家の副業として販売されるようになったとされている。
 井川メンパは、全て国内産天然ひのき材、本漆仕上げで作られた、伝統の弁当箱である。
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2007/10/5


香嵐渓もみじまつり Kourankei-momiji-matsuri 

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 香嵐渓(こうらんけい)は、国道153号線にかかる巴橋から上流約1・2キロの巴川が作り出す渓谷美と、ご飯を盛ったような山容を見せる飯盛山からなる地域で、愛知高原国定公園の一角を占める。紅葉やカタクリの花が特に有名で、毎年県内外から数多くの観光客が訪れる。
 昭和五(1930)年に当時の町長と香積寺住職らが、大阪毎日新聞社社長来町の際に命名を求め、香積寺の「香」飯盛山からの薫風が運ぶ嵐気の「嵐」から、「香嵐渓」と名付けられた。
 香嵐渓のもみじは寛永一一(1634)年に香積寺住職の三栄和尚が植えたのが始まりといわれ、大正から昭和の初めにかけて、地元住民の手で大補植が施された。今ではもみじの本数は4千本を超える。一一月中は「もみじまつり」が開催され、日没から午後9時までライトアップされるほか、お茶会や和太鼓競演などの各種催事も行われる。
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2007/8/6


香嵐渓 Kouran-kei Korankei Gorge

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 香嵐渓(こうらんけい)は、愛知県豊田市足助町飯盛にある景勝地である。
 寛永一一(1634)年、足助にある香積寺(こうじゃくじ)の三栄(参栄)和尚が、京都の嵐山にならって、巴川から香積寺に至る参道に楓、もみじの木を植えたのが始まりとされる。
 渓谷の名称は、昭和五(1930)年、香積寺の「香」と、渓谷に発する嵐気(らんき)の「嵐」をとって、香嵐渓と付けられた。
 巴橋から上流約1・2kmの巴川がつくる渓谷美と、ご飯を盛ったような山容を見せる飯盛山からなる地域である。
 紅葉の名所として知られており、四千本のもみじが黄や紅に染まる様は、まさに圧巻といえる。
 香嵐渓は、山野草の宝庫でもある、大自然の息吹を全身に感じられる名勝である。
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