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2007/12/14


重箱 Jyubako Jubako Lunch Boxes

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 形は四角い物が一般的で、円形や八角形のものもある、二重・三重・四重・五重に積み重ね、食べ物を入れる箱。正式には、四季を表す四段重とされる。今日では、主に正月におせち料理を入れたり、花見や運動会などで弁当を入れる事に使われている。
 起源としては、中国の食籠(じきろう)が、伝わったものと考えられるが、室町時代の文献に、既に重箱の記述を見る事が出来る為、その歴史はかなり古いと考えられる。しかし、庶民に普及したのは江戸時代で、1610年に本格的に重箱が製造されてからである。そして、武家や大名の間では、狩りなどに出掛ける時に使用されていた。また、漆塗りや蒔絵の豪華な物も作られ、伝統工芸品として現在に伝えられている。
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2007/10/12


野上八幡宮 Nokami-hachiman-guu Nokami Hachimangu Shrine

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 野上(のかみ)八幡宮は、和歌山県海草郡起美野町に所在する古社。創建は、欽明天皇の時代、550年代まで遡るとされる。
 日本三大八幡宮のひとつ、京都の石清水八幡宮の別宮として、何百年もの間、多くの人々が信仰を寄せてきた由緒ある神社だ。
 桃山時代に建築された本殿をはじめとして拝殿、摂社武内神社本殿、刀剣など国の重要文化財を多数保有していることでも有名。見事な朱塗りの社殿は昔日の名残を今もとどめている。
 毎年10月中旬の日曜日には秋祭りの獅子舞が盛大に執り行われ、近隣の人々でにぎわう。
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2007/9/28


飛騨春慶 Hida-syunkei Hida Shunkei Lacquer Ware

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 飛騨春慶(ひだしゅんけい)は、岐阜県高山市、飛騨市に伝わる伝統工芸品である。
 慶長一一(1606)年、高山城下で神社・仏閣の造営にあたった大工の棟梁・高橋喜左衛門が、たまたま打ち割ったさわらの柾目(まさめ)を発見した。
 そこから美しい枇目(へぎめ)の盆が塗り上げられ、色調が茶器の名品で加藤景正の飛春慶に似ているところから、春慶塗と名付けられたと伝えられる。
 透明で木肌の持つ美しさをそのまま活かすところに特徴があり、軽やかな風合いと気品の高さが好まれ、光を当てると透明の漆を通して木目が黄金色の光を放ち、使用するにつれてその光沢が増していく。
 飛騨春慶は、線と円とで立体的な美しさを表現する、優雅で繊細な伝統工芸品である。
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大内塗 Oouchi-nuri Ouchi Lacquer Ware

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 大内塗(おおうちぬり)は、山口県山口市に伝わる工芸品で、国の伝統工芸品に指定されている。
 室町時代に、現在の山口県のあたりで力のあった大内氏が、朝鮮や明との貿易を進めるにあたって、重要な輸出品として奨励したのが始まりと言われている。
 渋い大内朱の地塗りの上に、黄緑色の彩漆で秋の草を描き、雲の形を描き入れ、家紋の大内菱を金箔で貼り付けた独特の文様が特徴とされる。
 主に、椀や盆、花器、大内人形などが作られており、中でも大内人形は、24代大内弘世が京を偲んで寂しがる夫人を慰めるために、京から呼び寄せた人形師に作らせたといわれ、その愛らしい表情の人形は夫婦円満を願う人々に喜ばれている。
 大内塗は、匠の技術を現在に受け継ぐ、高級感溢れる伝統工芸品である。
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2007/9/26


髙橋欣也 Takahashi kinya Kinya Takahashi

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 高度な絵画的表現力と、化学的な技法。友禅染は、世界に類を見ない芸術様式だ。
 京都の染工房、株式会社髙橋德は、約一〇〇年にわたり、老舗「染めの千總」と取引を行なってきた伝統を誇る。
 同工房ではこの伝統芸術を守り、「今を生きる友禅」を伝える試みを行なっている。世界のトップファッションデザイナー、山本耀司のドレス・ジーンズ等を手がけ、また著名アーチストのCG絵画から掛け軸や屏風等を製作した。さらに京友禅を塗り絵感覚で体験できる、手描友禅染教室を一般に開講している。
 「人々に受け入れられてこそ、伝統も技術も残っていきます。受け入れられるものとは何か、それをいつも考えています」と欣也さんは語る。
[→より詳しい記事を見たい方はこちら]
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2007/8/9


玉虫塗 Tamamushi-nuri Tamamushi Lacquer Ware

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 国内はもちろん海外でも人気のある仙台生まれの漆芸。
 昭和三年、当時の商工省(現在の経済産業省)工芸指導所が仙台に設立され、昭和七年に所員であった小岩峻(作家名:古明)によって開発された漆器の塗装法である。量産と海外輸出を目的として、日本古来の伝統工芸に新たな技術を加えて、外国人の趣味嗜好に合うように商品開発された。
 光や角度により艶やかな光沢と色調を見せることから「玉虫塗り」と命名された。
 漆器本来の下塗りの後、表面に銀粉をまき、赤や緑の玉虫漆で上塗をする。この銀粉まきと玉虫漆の上塗りを工程を十数回から多いもので数十回漆を塗り重ねることにより、玉虫の羽のような風合いが出てくる。
 さらに沈金(ちんきん)や蒔絵(まきえ)と呼ばれる模様付けを施すことにより製品となる。
 戦後は輸出漆器の中心を担うほど海外で人気となり、和洋、どちらにも調和する漆器として現在でも親しまれている。
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2007/5/31


高岡漆器 Takaoka-shikki Takaoka Lacquerware

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 富山県高岡市に約四世紀の歴史を持つ「高岡漆器」。歴史の中で育まれた知恵と技の結晶は、様々なかたちで私たちの暮らしに息づいている。
 起こりは江戸時代初期。加賀二百万石の藩主前田利長が、現富山県高岡市に高岡城を築いた際、武具や箪笥、膳など日常生活品を作らせたのがはじまりだという。その後、中国から堆朱(ついしゅ)、堆黒(ついこく)などの技法が伝えられ、多彩な技術が発展した。こうして風景や人物、模様などを錆絵(さびえ)で描き、これに青貝とろう石を交えた「勇介塗り」などが生み出されたのである。また、明治中期に創案された色漆を使って立体感を出してゆく「彫刻塗り」は鎌倉時代の格調を持つ技法として独自の味わいを持つ。他産地に類を見ない多彩な技法は昭和50年に、国の伝統的工芸品の指定を受けた。
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2007/5/17


薄茶器 Usuchaki Usuchaki

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 茶の湯の世界で用いる茶を抹茶というが、この抹茶はさらに薄茶と濃茶に分かれる。淹れるお茶により器が異なり、薄茶を入れるのは薄茶器、濃茶を淹れるのは濃茶器という。
 古い時代には、茶の湯というともっぱら濃茶が主流だったが、侘び茶の流行にともない、味わいが淡白で廉価な薄茶も盛んに飲まれるようになった。
 薄茶器の代表的なものに「棗(なつめ)」があるが、竹や和紙に漆を塗ったもの、焼き物、無地のもの、季節の絵の描いてあるものなど、ほかの道具に合わせて選ぶ。
 薄茶器は形がシンプルなため、作りの丁寧さと品格がさらにきわだつ。慎ましやかな茶会の席にふさわしい茶道具だ。
 
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