NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/2/13


花火 Hanabi Fireworks

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 夏の夜の風物詩を彩る花火は、職人が火薬と金属の粉末を混ぜて包むものだが、火花に色をつける為に、金属の炎色反応を利用して、混ぜ合わせる金属の種類により様々な色合いの火花を出している。
 紀元前3世紀の中国で爆竹が使用されたのが起源とされ、6世紀頃に火薬が使われる様になるのと同時期に作られはじめたと考えられている。はじめの頃はロケット花火の様なもので、敵陣に打ち込んで火事を起こしたり、相手を威嚇したりといった、武器とはっきり区別が出来ないものもあった。
 日本で花火が製造される様になったのは、16世紀の鉄砲伝来以降で、1714年の「宮中秘策」によれば、1613年に徳川家康が江戸城内で花火を見物したという記述がある。「花火」という語が使われ、花火が使われたと分かる最も古い記録である。
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2007/2/1


石切神社 Ishikiri-jinjya Ishikiri Shrine

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 大阪府東大阪市東石切町にある神社。正式名称を「石切剣箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)」という。「石切神社」は通称である。
 俗に「石切さん」、「デンボ(腫れ物)の神さん」と呼ばれ、大阪の庶民に親しまれている。昭和に入り腫れ物の治癒に卓効があるとして信仰されるようになった。
 石切剣箭神社の名前の由来は、どんな強固な岩でも切れ、差し貫くことができる鋭い剣と矢をご神体として祀っていることによる。腫れ物に効く神社として信仰されるようになったのは、おそらくその武器で「腫れ物を切る」というイメージから来ていると思われる。
 伝記によると、創建は神武天皇二(紀元前658)年、宮山の上之社が建てられたとされている。
 「お百度参り」はご利益があるとして全国的に有名となっており、毎日お百度を踏む人々が絶えない。
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2007/1/25


伊賀くみひも Iga-kumihimo Iga Kumihimo Braid

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 伊賀くみひもは、三重県伊賀市で作られる伝統工芸品である。
 くみひもとは生糸、絹糸を主に、金銀糸を組糸に使い、伝統的な組台を使って繊細な美しさをもつ紐に編み上げられた物である。
 伊賀くみひもの始まりは奈良時代以前にまで遡る。平安時代には仏具、神具等に凝った紐が用いられるようになった。
 武士階級の時代になると、武具類を中心とするくみひも文化が生まれた。明治以後も、江戸時代の伝統くみひもの技術は和装に欠くことのできない帯締め、羽織紐として親しまれている。
 美しく染め上げられた絹糸、その一筋一筋が交じり合い、独特の風合いと、味わいを醸しだす。それらが織りなす美しさが組紐の味わいである。
 1976年、経済産業大臣が定める伝統的工芸品に指定される。
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2007/1/22


五十間長屋 Gojikken-nagaya The Gojikken-Nagaya (50 Ken Armory)

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 かつて壮観な姿を誇っていた金沢城の再現のため、平成十三年七月に復元された。
 橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)と菱櫓(ひしやぐら)をつなぐのが、五十軒長屋であり、二階二層の構造を持つ。
 これらの建造物は、かつて、戦の時に二の丸を守護するためのものであった。それ故、壁は海鼠壁や白塗りの漆喰で防火構造になっている。また格子窓は鉄砲狭間になり、石落としの設備もあった。
 長屋自体は、往時は武器などの倉庫として使われていた。
 五十軒長屋は、延べ床面積が一八九四・二五平米あり、明治以降に建立された木造の城郭建造物としては、日本において最大の規模である。その建設には、調査段階を含めて三年と四か月を費やした。
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2007/1/19


三十間長屋 Sanjikken-nagaya The Sanjikken-Nagaya (30-Ken Warehouse)

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 金沢城に残る蔵の跡。本丸跡の付近にある。長さ三六・五間、幅三間の二階建ての土蔵。元々は軍備のための蔵。干米などの貯蔵のために使われたといわれているが、後には鉄砲倉とも呼ばれたという。
 南面入母屋造りで鉛瓦葺きの屋根を持ち、白壁の腰には海鼠瓦で装飾が施されている。二階の腰には、鉛瓦葺きの庇がある。
 金沢城には、現存する三十間長屋を含め、全部で十四の長屋があったといわれており、往時は壮観であったことが想像できる。
 現存する三十間長屋は、安政五年(1858年)に再建されたものであり、現存する金沢城の遺構は、石川門とこれのみである。
 昭和三十二年に重要文化財に指定されている。
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