NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/12/26


盆栽村 Bonsai-mura 

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 盆栽村は、埼玉県さいたま市の大宮公園北側の総称であると共に、盆栽という独自の文化を生み出した日本においても屈指の郷として知られている場所である。
 大正一四(1925)年、関東大震災で被災した盆栽業者が現在の地に移り住み、盆栽を生業としたことがその始まりとなる。
 その後は、元々この地に住んでいた人たちにも盆栽が浸透し、また新たに盆栽を生業とする人々が集まって村としての形を成していくこととなる。
 同じ趣味と生業を有するものが自然に集まってできた集落であり、昭和一五(1940)年には世界にもあまり例のない行政上の町として、現在の「盆栽町」の名を称するまでになった。
 周辺の道路は碁盤の目状に造られ、サクラやモミジ、カエデ、ケヤキなどが植えられて、それぞれが通りの名にもなっている。
 いうなれば、盆栽村そのものが一つの盆栽のように美しく整えられているのである。
 そんな大きな盆栽を楽しみながら、更にお気に入りの一鉢を見つけてみるのも一興かもしれない。
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2007/10/15


四国村 Shikoku-mura Shikoku Minka Museum

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 香川県高松市北東部にある屋島(やしま)といえば、劣勢の平家が新たに本拠地を構えた地であり、名将・源義経との間に壮絶な源平合戦が繰り広げられた地である。
 四国村(しこくむら)は、この屋島山麓に四国各地の歴史ある建物、民家を移築・復元した野外博物館である。
 四国各地から集められた伝統的家屋や市指定、県指定の文化財である農村歌舞伎舞台、旧丸亀藩斥候番所、米蔵であった旧丸亀藩御用蔵などを、ゆっくりと散策することができる。
 また、南の山の斜面に建てられている美術館「四国ギャラリー」には多数の美術品が展示され、バルコニーからは「水景庭園」も楽しめるようになっている。
 特に、農村歌舞伎舞台は、現代ではなかなかお目にかかることが出来ない貴重な保存建物である。
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2007/8/29


十根川神社 Tonegawa-jinja 

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 平家落人伝説の村、宮崎県椎葉村。ここに十根川神社(とねがわじんじゃ)がある。元久元(1204)年創建といわれ、源平合戦後の当時、平家討伐のためこの地を訪れた那須与一の弟、那須大八郎宗久の陣屋跡と伝えられる。
 出雲大社の分祀として大己貴命(おおなむちのみこと)が祀られ、大八郎が着用した鎧や納めた鏡が残されている。
 明治になるまで十根川神社は八村大明神と呼ばれ、境内には大八郎が植えたといわれる「八村杉(やむらすぎ)」がある。樹齢約800年、樹高約55メートル、根まわり約19メートルもある巨大な杉が、栄枯盛衰を見つめながら大きくそびえ立っている。
 源頼朝から椎葉の平家落人の追討を命じられた大八郎が目にしたものは、ひっそりと暮らす平家一門の姿だった。大八郎は追討を断念し、鎌倉に帰らずこの地に屋敷を構え、平家の守り神である厳島神社を建てるなど彼らを支えたという。
 
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2007/6/18


白老ポロトコタン Shiraoi-Porotokotan Porotokotan at Shiraoi

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 北海道西部にある白老町。その町のポロト湖畔にそれは建っている。
 アイヌ民族の伝統的なかやぶきの家「チセ」が四棟。これは、アイヌ文化の普及と公開を目的として、白老に昔からあったアイヌ集落を1965年に復元したものだ。
 それを白老ポロトコタンと名付け、一般にも公開された。その後、アイヌ民族博物館が併設され、今に至っている。
 ポロトコタンとは、アイヌ語で「大きな沼の村」という意味を持っている。
 博物館ではアイヌ民族の伝統や生活を知ることができ、復元されたチセの中では、その生活習慣や風習、行事などの説明を聞くことが出来る。
 また、常時公開されている民族楽器ムックリの演奏や、国の重要無形民俗文化財にも指定されているアイヌ古式舞踏は必見の価値ありだ。
 古来からのアイヌの人々の伝統や風習、そして魅力的な舞踊や音楽を五感をフルに活躍させて楽しむことが出来る。
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2007/6/5


北海道開拓の村 Hokkaidou-kaitaku-no-mura The Historical Village of Hokkaido

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 北海道開拓の村(ほっかいどうかいたくのむら)は、北海道札幌市厚別区厚別町に北海道百年を記念して設置された場所である。
 昭和五八(1983)年、村は、明治から昭和初期にかけて建築された開拓の過程における生活と産業・経済・文化の歴史を示す北海道各地の建造物を54・2ヘクタールの敷地に移築復元、再現した野外博物館として開村された。
 村全体がテーマパークであり、夏は馬車鉄道、冬は馬そりが敷地内を運行する。
 市街地群、農村群、山村群、漁村群と、4つのエリアに区分され、伝統遊具づくりやわら細工などの体験、ドン職人や大道芸人の実演など季節ごとに様々な年中行事が行われている。
 北海道開拓の村は、開拓当時の情景を再現して、北海道の開拓の歴史を身近に学べる場所である。
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2007/1/16


小杉の大杉 Kosugi-no-oosugi Small-Cedar's Big Cedar

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 山形県最上郡鮭川村にある大きな杉。
 「小杉の大杉」とはこの地域が「小杉」と呼ばれるためのものである。
 写真で見ると、2〜3本の杉が固まっているように見えるが、まぎれもない一本杉である。まわりは田んぼに囲まれ、根回り6.3メートル、高さ20メートル。樹齢は1000年以上といわれている。
 大きな幹が2本あるため、その様子から「夫婦杉」「縁結びの杉」とも呼ばれる。
 「となりのトトロ」という映画にでてくる木によく似ており、「トトロの木」などとも呼ばれ、有名になった。
 根元には「山神」が祀られ、村のご神木として崇められいる。
 杉は生存競争のため、太陽の日を浴びようと、狭く高く上に伸びようとするのだが、この杉は周りには田んぼ以外なにもなかったため、太陽の恵みをいっぱい浴びて悠々と広がり育っている。
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2006/12/22


祖谷渓 Iyakei Iya Valley

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 祖谷渓(いやだに/いやけい)は、徳島県三好市(旧西祖谷山村)に位置する渓谷である。
 吉野川支流の祖谷川にあり、全長は10kmにも及ぶ。数十〜百mもの高低差と、生い茂る樹木によって、隔絶された深山幽谷の景観を擁する。一帯は平家の隠れ里として名高く、日本三大秘境を謳う地であり、山麓にへばりつくように住宅が点在する。
 祖谷川は暴れ川であり、河谷の急峻さもあって、川を跨ぐのは至難の業であった。そのために集落を跨ぐ橋が設けられた。それが西祖谷山にある重要有形民俗文化財のかずら橋である。東祖谷山には二重かずら橋もある。
 名物の祖谷そばが有名である。他に、蒟蒻などを産する。祖谷温泉が湧出してからは観光地としての魅力も一段と高まった。
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2006/12/19


五家荘 Gokanosho Gokanosho

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 「五家荘(ごかのしょう)」は、平家落人伝説でも有名な、仁田尾、樅木、久連子、椎原、葉木の五つの集落の総称だ。五つの吊り橋(梅の木轟公園吊り橋、樅木の吊り橋、久連寺吊り橋、せんだん轟の吊り橋、白岩戸公園吊り橋)があり、自然がそのまま残る秘境の眺めを堪能することができる。
 せんだん轟の滝は高さ70mを誇る一大瀑布で、1990年に「日本の滝百選」にも指定された。五つの吊り橋のひとつ、樅木の吊橋は1989年に架け替えられ、床版自体を直接吊り下げる全国にも例のない構造である。30m下流にも橋を架設し、2連の吊橋はあやとり橋としゃくなげ橋と名づけられ、親子橋として渓谷に美しい姿を見せている。近くにこの親子橋を一望できる展望台もあり、紅葉の時期の眺めは格別だという。
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