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2007/3/27


常堅寺 Jyouken-ji 

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 常堅寺は室町時代中期の延徳二(1490)年、多聞秀守禅師により開山された古刹。岩手県遠野市土淵に所在する。
 石橋を渡った向こうに山門があり、早池峰(はやちね)神社より遷座された仁王像が立つ。総丈3.5メートルの迫力あるもので、円仁・慈覚大師の作と言われる。
 境内左手には十王堂があり、その前には一対の狛犬がある。頭部にある円形のへこみに水が溜まると、河童の皿のようになることから「河童狛犬」とも呼ばれ、この寺の名物となっている。その昔、寺が火事になったときに寺の裏にある小川に住んでいた河童が火消しをしたことから祀られるようになった。  
 本堂には、自分の体の悪いところと同じところをなでると傷みが取り除かれるという木像の「オビンズルサマ」が鎮座する。
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2007/2/20


宝陀寺 仁王像 Houda-ji Niou-zou 

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 宝陀寺は、大分県杵築市大田にある臨済宗の禅寺である。本尊は千手観音像であり、村指定の有形文化財とされる。
 創建は大同3(808)年といわれ、沓掛城主田原直平の再建とされる。
 宝陀寺は、元々は天台宗であり、後に臨済宗に改められた。
 宝陀寺にある仁王像は、身長約33cmの石造仁王像で、2.5mの千手千眼観世御菩薩をしっかり守っている。
 神聖なものながらも、大変可愛らしい二体のミニチュア石造仁王像であり、寺を訪れるものを和ませてくれる。また、その小ささは、石造仁王像として大分県内で最も小さいと言われている。
 宝陀寺仁王像は、阿吽の形も微笑ましい、ミニサイズながらも立派な金剛力士像である。
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2007/2/12


霊仙寺 Ryoze-ji Ryoze Temple

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 新緑や紅葉の季節に訪れると樹々をバックに、明治の初めに移築された鐘楼門の形式の山門が現れる。山岳仏教の中心だった霊仙寺は、吉波蘇山霊仙寺と呼ばれ、六郷満山末山本寺として12坊を有し、真玉荘全域の信仰を集めていた。山険しく絶景に恵まれた霊地で、幾多の名僧が修行していた。
 室町時代の頃、衰退したが江戸時代に再興され、平安期の本尊、千手観世音菩薩像(秘仏)や如来像、天部像などがある。境内には古い時代の梵鐘や、山門脇に1枚岩に彫られた古い仁王像があり、本堂横の一石一体の仏像としては国東最大の地蔵尊(4・87メートル)がある。そして、羅漢諸像の石仏と一字一石の間に立っている高さ1メートルばかりの小さな宝篋印塔は国東石造美術の最高ともいえる優雅な石塔で一見の価値あり。
 夷谷の麓は、以前は霊仙寺だった、実相院、六所神社が建ち並んでいるので、歴史を感じながら散策出来る。
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2007/2/8


二王座 Niouza Niouza

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大分県臼杵市に位置する「二王座(におうざ)」は、安土桃山時代以来の武家屋敷の面影をとどめる、由緒ある通りだ。平成五(1993)年には国の「都市景観一〇〇選」に選ばれている。
 二王座は、もともと阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰山の丘を切り開いて作った道。二王座の名前は、かつてこの界隈に祇園社(現八坂神社)の仁王門があり、仁王が睨みをきかせていたことに由来するという。
 この道には寺も多く散在し、格式ある寺院の大きな屋根や武家屋敷の瓦屋根、城壁、それに石畳がつづき、風情ある静かな趣をたたえている。
 通りにはお休み処「旧真光寺」や「稲葉秀道屋敷跡」が無料解放されているので、散策の途中に立ち寄ってみるのもいい。そのほか、旧真光寺近くには古戦場跡の「切通し」などがあり、見どころも豊富だ。
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2007/2/5


応暦寺 仁王像 Orekiji Niozou 

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 平安時代に創建された六郷満山中山本寺十ヵ寺の一つ応暦寺は、仁聞菩薩の開基と云われる古刹。
 江戸時代初期には廃寺寸前までに衰退したが、両子寺で修行した澄慶という僧の手によって、現在の地に再興された。
 山門と境内に二対の仁王像がある。山門の仁王像は躍動感に溢れた雰囲気のものだが、観音堂の前に立つ仁王像は少し阿形像が崩れているものの、どちらもお腹が出ていてユーモラスな雰囲気がある。
 本堂には、県の有形文化財に指定されている榧(かや)の一木彫りで刻まれた平安時代の不動明王を始め、千手観音、阿弥陀如来などの仏像が並ぶ。境内にも数多くの文化財がある。江戸時代にあった厳しいキリスト教禁教下にあって、密かに信仰を守り続けた隠れキリシタンの遺物と伝わる五輪塔など、神仏習合の歴史がうかがえる。
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2007/1/29


両子寺 Futago-ji Futago-ji Temple

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 大分県、国東半島の最高峰、両子山の中腹にあり、六郷満山の総持院として栄えた名刹。
 養老二(718)年に宇佐八幡神の化身といわれる仁聞菩薩が開いたとされ、由来は祭神である宇佐八幡神の子である両子大権現から来ている。
 平安の昔から神仏習合の独特の寺院と信仰が形成され、往時には国東半島一帯に多くの寺院を擁した六郷満山仏教文化圏が開かれた。
 境内には大講堂、奥の院などの建物や、百体観音、仁王像、苔むした石段などが往時をしのばせる。
 瀬戸内海の国立公園、大分県史跡に編入され「全国森林浴の森百選」の指定を受けており、四季折々大勢の参拝客で賑わう。
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2007/1/28


仙岩山 Sengan-zan Mt. Senganzan

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 大分県北部の里山のひとつ。標高572m。中腹から頂上にかけて72峰もある岩峰、石柱が林立し、凝灰角礫(れき)岩の耶馬渓式風景が連なる。整然と植林された周囲の山々とは異なり、迫り来る奇岩の風景は、ひときわ目を引く。
 奇岩が連なる場所は、昔から霊場に選ばれることが多いといわれ、かつて修験場であったと伝えられている。
 岩陰の宝陀寺・奥の院には観音様が安置されている。奧の院は、山麓の宝陀寺から15分ほどのところにあり、堂宇は圧倒されるような岩壁の真下に造られ、堂のつづきの岩洞に五輪塔や宝塔がある。奧の院参道には、神仏混淆時代の石鳥居や仁王像がある。
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深見五重の塔 Fukamigojuu-no-tou Fukami Gojuno-to (Five-story Pagoda)

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 正式名称は定樹山大建寺深見五重塔。昭和58年4月15日完成。
 地元大分県安心院出身の故糸永貞樹氏が、地元への感謝の意から私財を投じて寄贈。また国宝級の美術品も収められるという美術館や、温泉センター等を財団法人ユフ福祉センターとして寄贈している。
 五重塔は木造であるが、内部には鉄骨による補強がなされている。また年に1度、内部を公開するという。内部に安置されるお釈迦様像や仁王像等を拝観することができる。
 他にも敷地内には、御影石の観音像(高さ10m)や、平安から鎌倉時代にこの地で栄えたとされる大建寺の仏像を安置したお堂もある。
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