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源頼義・義家親子が天書三(1055)年前九年の役で陸奥征討に赴く際、武運を祈って紀州熊野から、熊野堂村(現河沼郡河東町)に勧請創建したのが始まり。
その後、後三年の役(1083〜1087年)で再びこの地を訪れた源義家は、新宮の地に移すように命じ、造営は応徳二(1085)年に始まり、寛治三(1089)年に完成遷座し現在に至る。
新宮熊野神社には、多くの国・県・市指定の文化財があるが、中でも長床は、昭和38年に国の重要文化財に指定され昭和46年から足掛け4年の歳月をかけ、膨大な経費を費やして解体修理復元がなされた。
長床は、長大な規模と太い柱の配列が特徴。四方が吹き抜けのため、内部に林立する太い柱が見通され、いかにも古風でまさしく、平安期の荘厳な趣を今に伝えている。
その後、後三年の役(1083〜1087年)で再びこの地を訪れた源義家は、新宮の地に移すように命じ、造営は応徳二(1085)年に始まり、寛治三(1089)年に完成遷座し現在に至る。
新宮熊野神社には、多くの国・県・市指定の文化財があるが、中でも長床は、昭和38年に国の重要文化財に指定され昭和46年から足掛け4年の歳月をかけ、膨大な経費を費やして解体修理復元がなされた。
長床は、長大な規模と太い柱の配列が特徴。四方が吹き抜けのため、内部に林立する太い柱が見通され、いかにも古風でまさしく、平安期の荘厳な趣を今に伝えている。
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