NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/5


金津七夕 Kanazu-tanabata 

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 阿武隈川の東岸に位置し、仙台藩の代官所や交通の要衝として栄えた宿場町金津(かなづ)。そんな歴史ある地区で、今から350年ほど前に始まったといわれ、藩制時代を経て今に続く伝統行事が金津七夕である。豊作祈願や虫除け、成長祈願を主とした行事で、宮城県の無形民族文化財にも指定されている。
 同じく七夕祭りである「仙台七夕」が大人主体の祭りであるのに対し、金津七夕はその一切を幼稚園から中学生までの子供達が、主体となって行っているのが特徴だ。
 地元子ども会手作りの七夕飾りが飾られた中、夕暮れになると祭りが始まる。星あんどんを先頭に夏の夜の下、拍子木を打ち鳴らしながら古今和歌集の古歌「七夕の戸渡る舟の梶の葉に幾秋かきつ露の玉ずさ」を歌いながら、提灯や竿灯を持って町中を練り歩く。ともすれば、夏の日の遠い思い出を垣間見るような、印象的な姿がそこにはある。
 織姫と彦星も夏の夜空から目を細めて、子供達の行列を見つめているに違いない。
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2008/4/9


栄の国まつり Sakae-no-kuni-matsuri Sakaenokuni Festival

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 佐賀市の栄の国まつりは、佐賀城跡を中心に毎年8月の第1土、日曜日に行われる。
 昭和三七(1962)年に市内の商店街で始まった佐賀七夕まつりから、昭和四七年(1972)年の納涼佐賀まつりを経て、平成二(1990)年から栄の国まつりとなっている。
 祭りの2日間は「YOSAKOIさが」開催され、県内外から50以上のチームがよさこい踊りを披露する。期間中はおまつり広場が設けられ、オープンカフェや露天が祭りを盛上げる。
 初日は、七夕祭り、前夜祭、花火大会が開催され、翌日は趣向を凝らした神輿などが街を練り歩くパレードや各種イベント、そして飛入り参加も可能な総踊りが夕刻より行われ、3000人以上が参加して、祭りのフィナーレを飾る。
 市民参加型の栄の国まつりは、メインのイベントを軸に、毎年様々なイベントを催し、誰でも参加できる祭りへと毎年変化を遂げ、さらに盛上がりをみせている。
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2007/10/17


香川 蹴鞠 Kagawa Kemari Kemari in Kagawa

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 香川の蹴鞠(けまり)は毎年五月五日、七月七日、年末に金刀比羅宮で公開される蹴鞠である。五月五日に行われる蹴鞠を「奉納蹴鞠」、七月七日に行われるのを「七夕鞠」、年末のものを「納め鞠」という。
 蹴鞠は一四〇〇年ぐらい前に中国から伝わった遊びで鞠庭(まりにわ)と呼ばれる神聖な場所で行われる。相手に受け取りやすく、打ち返しやすい球を返すのが大切で勝敗よりも見た目の美しさが重視される。
 蹴鞠が行われる鞠庭には神職や巫女が鞠水干(まりすいかん)や鞠ばかまと呼ばれる色とりどりの衣装で現れ、座の長老である宮司が梶(かじ)の枝から解き放つ「解鞠(ときまり)」という秘伝の儀式を行い、六人が輪になり、「アリヤー」「アリ」の独特の掛け声とともに蹴鞠が行われる。
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2007/8/15


七夕絵灯篭まつり Tanabata-edourou-matsuri Tanabata Edoro Matsuri

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 七夕絵灯篭まつりは毎年八月、秋田県湯沢市で行われる祭りである。
 太い青竹に短冊や紙細工などを下げ、夜には美人画などが描かれた大小の絵灯篭を掲げ、明かりを灯す。
 この祭りは、秋田藩佐竹南家五代目義安公に、京都の公卿、鷹司家から嫁いだ姫君が、京都への郷愁を短冊に記し青竹に飾ったことが始まりと言われ、それを知った町民が家々に短冊や吹流しを青竹に吊るし、悲しみが去ることを願ったのが今の祭事になったと言う。
 元々は短冊や工夫を凝らした紙細工などが主体だったが、明治時代以降に絵灯篭が作られ、現在の形になったと言われる。
 絵灯篭は市民プラザ内にも展示されており、祭りの期間外でも見学することが可能である。
 姫君の心を慰めるための秋田の幻想的な夏祭りは、多くの人々を魅了してやまない。
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2007/8/3


古川太鼓 Furukawa-taiko Furukawa Taiko

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 古川太鼓(ふるかわたいこ)は、宮城県大崎市の古川地域に伝わる民俗芸能である。
 毎年8月初旬に行われる古川まつりにて、多くの団体が参加して上演される。
 起源を辿れば、坂上田村麻呂の征夷に因んだ伝説にもとづいたもので、肥沃な大崎耕土の豊作を祈念して、1つの太鼓を6人で交代で連打する事により鬼払いの太鼓を打つという、独特のものである。
 見事なバチさばきと勇壮なリズムに、観客からは大きな拍手が沸き、祭りは最高潮に達する。
 祭りでは、他に、約200基の七夕が飾られ、古川太鼓神輿などの催し物が行われる。
 風に揺れる色鮮やかな七夕飾りに、轟く太鼓と人々の掛け声。古川では、今も昔も変わらない夏を味わうことができる。
 古川太鼓は、豪快で勇猛な伝統の民俗芸能である。
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2007/5/15


仙台七夕まつり Sendai-tanabata-matsuri Sendai Tanabata Festival

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 「青森ねぶた」、「秋田竿灯」、「山形花笠」をはじめとする東北四大祭りの一つ。
 七夕飾りや祭りは、江戸中期から全国各地で行われていたため、仙台が元祖というわけではないが、仙台藩祖・伊達政宗が奨励していたと言われる伝統的な祭り。
 明治に入ってからは新暦の採用等で七夕まつりは、年々衰退の一途を辿っていったが、不景気を吹き飛ばそうと1927年、商家の有志達が仙台商人の心意気とばかりに、華やかな七夕飾りを復活させた。久しぶりにその光景を目にした仙台っ子達は喝采したと言われる。ただ、今日の様な大規模なものではなく、戦局の悪化とともに再び小規模なものへとなっていった。そして、戦後の1946年に復活し、現在のような形で開催される様になった。
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2007/2/7


大分 七夕まつり Ooita Tanabata-matsuri 

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 大分の夏の風物詩「大分七夕まつり」。大分県中心部商店街が趣向を凝らした色鮮やかな「七夕飾り」で彩られ、美を競い合う。
 メイン会場では、初日は武者姿や昇り龍をかたどった勇壮でダイナミックな「府内戦紙(ふないぱっちん)」と呼ばれる電照山車が威勢よく練りあるく。「府内」とは大分県の古称、「戦紙(パッチン)」は「メンコ」の大分方言のこと。描かれる絵柄がめんこに似ていることからこの名が付けられた。
 2日めは、「チキリンばやし市民総おどり大会」や「みこし大会・渡り拍子大会」などを開催。最終日は大分川弁天大橋上流にて花火大会で豪快に祭りを締めくくる。
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2006/12/15


青森ねぶた Aomori-nebuta Aomori Nebuta Festival

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 「ねぶた」とは、東北地方の七夕の行事を表わす。竹、木、針金、紙などで作った大きな人形(ねぶた)を車つきの台(山車に乗せ、灯をともして町を練り歩く祭りだ。飾りつけをした人形を「ねぶた」と呼ぶが、一般的には「ねぶた祭り」のことを指す。
 日本屈指の「青森ねぶた」の行列は、8月3〜7日に青森市内で行なわれる。「跳人(はねと)集団」「お囃子」「ねぶた(車)」で一団体。二十数団体が決まった合同運行コースを練り歩く華麗な祭りだ。この祭りの特色のひとつに、「跳人」の大乱舞がある。
 青森ねぶた祭は、七夕行事の灯籠流しの変形だとされており、海上運行されるのはその名残だとされている。青森ねぶた祭りが、現在のように大型化したのは戦後。現在では大きな観光資源として管理・運営されている。
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