NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/10/23


廬山寺 Rozan-ji 

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 廬山寺(ろざんじ)は、京都市上京区寺町通広小路にある圓浄宗本山の寺院。本尊は平安時代作の阿弥陀如来。
 天慶元(938)年、比叡山天台一八世座主・元三大師良源によって、平安京の中心軸「朱雀大路」の延長線上に位置する船岡山の南に創建。寛元年間(1243~46)に僧・覚瑜が再興し、中国の廬山にならって廬山天台講寺と号した。応仁の乱で焼失。その後、信長の焼き討ちは免れたが、後に秀吉により現在地に移される。
 平安時代には、紫式部の曽祖父、権中納言藤原兼輔(堤中納言)の邸宅があった場所で、紫式部はこの地で育ち、ここで「源氏物語」「紫式部日記」などを執筆したと伝えられている。紫式部にちなんだ源氏の庭は砂の白と苔の緑が巧みに配され、そこに清楚な桔梗が色を添え、他に類を見ない気品のある見事な庭園となっている。
 また、京都北山に聖徳太子が建立した金山天王寺の本尊の如意輪観音菩薩と脇侍の毘沙門天像は、明治以降、この廬山寺に安置され洛陽三十三ヶ所観音霊場や京都七福神として信仰を集めている。
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2007/10/9


井川メンパ Igawa-menpa Ikawa Menpa

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 井川メンパ(いがわめんぱ)は、静岡県静岡市井川に伝わる伝統工芸品である。
 メンパというのは、山仕事に愛用された弁当箱の事で、今でも山の必需品として多くのファンに支持されている。
 井川メンパの特徴は、天然漆の美しい光沢と、詰めた食べ物が冬暖かく夏は腐らない事で、メンパに詰められたご飯を食べれば、現代的な弁当箱にはない、ほのぼのとしたおいしさを味わう事が出来る。
 起源は定かではないが、鎌倉時代から作られていたと言われている。室町期に井川は金山で栄え、そのために水替えの杓や曲桶の需要があったため、曲物の技術が修練された。のちに農家の副業として販売されるようになったとされている。
 井川メンパは、全て国内産天然ひのき材、本漆仕上げで作られた、伝統の弁当箱である。
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2007/9/13


金華山 Kinka-san 

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 金華山(きんかざん)は、宮城県石巻市に面した石巻湾に浮かぶ島であり、その島全体を覆うように聳える山のことである。
 山頂までの高さは445mで、周囲約26kmの島全域が山となっている。岩盤がむき出しの海岸線から原生林の山が隆起する様は、荘厳ささえ感じる迫力である。
 青森の恐山、山形の出羽三山と並び「奥州三霊場」に数えられる超自然の霊島であり、島のほぼ全てを太古の原生林が覆い、神の使いとされる鹿が多数生息する不思議な島でもある。
 また、島全体はおよそ千二百年以上前に祀られ、「三年続けてお参りすれば、一生お金に困ることはない」という言い伝えを持つ黄金山神社の神域となっている。
 そのため、古来から登山信仰のお山がけが行われ、その頂上からは遠く仙台市や蔵王、栗駒連峰を眺望することができる。
 多くの自然と歴史が残されたこの島には、霊験と景勝、島に息づく命の美しさを同時に味わう贅沢を求めて、今も参拝者が途切れることなく訪れている。
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2007/9/4


無名異焼 Mumyoui-yaki Mumyoi Ware

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 無名異焼(むみょういやき)は、無名異と呼ばれる新潟県の佐渡金銀山中より産出される酸化鉄を含む陶土を用いて、高温焼成した各種焼き物のことである。
 無名異は漢方薬としても古くから用いられており、中風や胃腸病、やけど、止血剤としての効果に優れていた。
 焼き物としての歴史は、文政二(1819)年、佐渡金山の坑内で産出された無名異を用い、楽焼を製造したのに始まり、その後の安政四(1857)年に本焼が始まったとされている。
 その特徴としては、製造工程においての生磨きや焼成後の砂研磨など、他の焼き物ではあまり見られない特殊な作業が行われることにある。
 これら特殊な作業を経て生み出される製品は焼き物とは思えないほど非常に硬く、叩くと澄んだ金属音を発する。
 使用するほどに光沢を増すことでも知られており、飾るだけではなく日常に持ちいる事で、より味わいを深めていく逸品である。
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2007/7/10


北海道 黄金山 Hokkaido Kogane-yama 

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 黄金山(こがねやま)は、北海道石狩市の浜益町北東部に位置する、増毛山系の南端にある山だ。
 標高は739mとそれほど高くないものの、その三角錐状の美しさと険しさを併せ持った山容や、充実した内容の登山ルートから、多くの人々を魅了する秀峰である。また、北海道百名山にも数えられている。
 浜益のシンボル的存在として地元の人々にも愛され、その形良い山容から「黄金富士」や「浜益富士」とも称されている。
 山頂からは、増毛の山々や暑寒別連峰が望め、晴れた日には遠く積丹半島まで一望することができる絶景が広がっており、その登りやすさからも多くの登山者たちを惹き付けて止まない。
 見る方向によっては、スイスのマッターホルンのような険しい山肌を見ることもでき、そういった二面性もまた、この山の魅力なのかもしれない。
 雄大な暑寒別連峰に囲まれ、広大な北海道の空の下に聳えるその奇峰は、唯我独尊といった雰囲気の山である。
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2007/6/25


金山の滝 Kanayama-no-taki 

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 北海道東部、根室支庁管内にある標津町を流れる一本の川。それが、名峰斜里岳を源とする忠類川だ。
 その川の上流にあるのが金山の滝である。
 男滝と女滝の二つがあり、全幅30mにも及ぶ雄大な流れは、あまり高くない落差を補って余りある迫力を持つ。
 山女釣ファンにとっての垂涎の的である場所だが、その轟音を発する急流はベテラン釣師でさえ、減水期でなければ近づくことも容易ならざる場所だ。
 自然の色濃く残る地域でもあり、エゾシカやキタキツネの姿を見ることが出来るかもしれない。また、秋には見事な紅葉と美瀑を同時に楽しめる格好のスポットでもある。
 ここは元々は根室金鉱山への入り口であり、根室アイヌ酋長ヨコウシの埋蔵金伝説が残る場所でもある。
 紅葉の合間を縫って、爆音を立てて落ちる急流を見ながら埋蔵金伝説に思いを馳せる。
 ただ、あまり埋蔵金に執着すると、狐に化かされてしまうかもしれないが。
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2007/6/18


能面 猩々 Noumen Shoujou Shoujou Noh Mask

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 能の演目「猩々」で専用に使われる男系の面で、中国の伝説上の生き物を表している。酒に酔っているところを表現する為に、全面に朱の彩色がされている。目尻を下げ、微笑みを湛えた表情には妖精の妖しさを感じさせ、笑いの要素が少ない能面の中で非常に特殊な面である。
 その昔、金山に住む孝行者の高風が、富貴の身になるという夢のお告げで酒売りになり、その店は繁盛したという。ある日、店に毎日訪れ、いくら呑んでも顔色の変わらない不思議な客の素性を高風が訪ねると、唐土の海に住む酒の好きな妖精「猩々(しょうじょう)」だと告げて去っていった。驚いた高風は、酒壷を供えてほとりで待っていると猩々が現れ、ともに酒を酌交しあったという。その後、酌めども酌めども尽きる事のない不老長寿の酒を与えてもらうというおめでたい曲である。
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2007/5/31


大美輪の大杉 Ominowa-no-oosugi The Big Cedars of Omiwa

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 山形県最上郡金山町の田茂沢にある杉の群生地にある巨木。
 もともと伐採を目的として植えられたもの。植林された杉としては日本最大級といわれ、128本もの巨木郡を形成している。
 歴史は江戸時代といわれ、当時から「苗木などを植える制度」があった。
 この「大美輪の大杉」は樹齢230年ほどであり、1764年頃に植林したものと推測されている。
 この地は、冬に降雪が多い地区である。2006年5月、豪雪のため傾いてしまった、樹齢250年の杉6本を公開伐採した。
 その杉の切り口は、大きく圧倒されるものである。6本中2本は、高さ50メートル、直径80センチにもなる巨木が切り倒された。
 250年の歴史を感じさせるものである。
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