肥前鹿島城 Hizen-Kashimajou Hizen Kashima Castle
|
肥前にある鹿島城は、佐賀鍋島藩の支藩を治めた鹿島鍋島家(鹿島藩二万石)の城である。慶長16年(1610年)の立藩以来、居城(常広城)は低地にあったため水害に見舞われることが多かったが、ようやく文化三(1806)年に幕府の許可を得て、この地に城が築かれた。しかし明治維新後、佐賀の役(明治七(1876)年)で、城は焼払われ、城の主要な建物はほとんど焼失。鹿島鍋島藩当時の面影を残すのは、赤門と大手門のみである。
丹塗りの赤門は、切妻造り・桟瓦葺きで、今は県立鹿島高校の校門となっている。大手門は切妻造り・本瓦葺き、今は丹塗りであるがもともとは黒塗りであった。
時が流れ、今は旭が岡公園と呼ばれる城址は桜の名所。本数では県内最多の5000本、ライトアップされた夜桜も素晴らしい。春には市民の散策する姿が絶えない。
丹塗りの赤門は、切妻造り・桟瓦葺きで、今は県立鹿島高校の校門となっている。大手門は切妻造り・本瓦葺き、今は丹塗りであるがもともとは黒塗りであった。
時が流れ、今は旭が岡公園と呼ばれる城址は桜の名所。本数では県内最多の5000本、ライトアップされた夜桜も素晴らしい。春には市民の散策する姿が絶えない。
- 住所
- 849-1311 佐賀県鹿島市高津原
- 名前
- 肥前鹿島城(旭が岡公園)