NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/2/18


久麻久神社 Kumaku-jinja 

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 男山と女山の大小二つの丘からなる八ツ面山の中腹にあるのが、久麻久神社(くまくじんじゃ)。徳川家康が戦勝祈願に訪れた県下最古の入母屋造り本殿がある。
 古くから「きらら」と別称のある白雲母(しろうんも)という鉱石の産地として知られ、昭和初期まで採掘されていた。
 昭和二五(1950)年に国の重要文化財に指定された現在の本殿は、大永七(1527)年に再建されたもの。吉良氏やその一族の八ツ面城主・荒川氏が建立したと推定される。
 県下最古の神像彫刻「牛頭天王神像(ごずてんのうしんぞう)」や「陶製こま犬」など、貴重な美術工芸品も残されている。
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2008/1/8


彩絵檜扇 Saiehiougi Saie-Hiogi Fans

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 彩絵檜扇(さいえひおうぎ)は、平安時代に誕生した美術品。檜の薄板で作られた扇で、豪華絢爛な彩色が美しい。
 主に宮中においての儀式に際し、公家の男女が正装する際に装身具のひとつとして用いられた。位により板の枚数が異なる。現在は熱田神社に1握、厳島神社に5握、熊野の阿須賀神社に1握を残すのみとなっている。
 糸巻の檜の薄板の表裏に、胡粉(ごふん)の下地を施し、雲母(きら)を塗る。上に金銀箔、野毛砂子(のげすなご)を贅沢に散らし、濃厚な岩絵具を使って絵柄を施す。花鳥風月や公達(きんだち)、女房などの人物をモチーフに軽妙な筆致で彩色、絵巻物のような実に華やかな趣をかもし出している。
 彩絵檜扇は国の国宝および重要文化財に指定されている。
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2007/10/17


京唐紙 Kyou-karakami Kyokarakami

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 京唐紙(きょうからかみ)は襖に施される一種の版画で、桂離宮や寺院、茶室などで現在も使われている。用途によって多くの文様があり、それぞれに洗練された美しさを持つ。
 顔料に用いられるのは雲母(うんも)の粉末や絵の具で、最初に刷毛で「ふるい」という団扇(うちわ)の形をした道具に付ける。次に「ふるい」から版木に顔料をふるい落とすようにして付け、その上に和紙を置いて刷る。この作業を何回か繰り返して一枚が完成する。
 中国から伝えられた唐紙は、平安時代に詩歌を書き記す詠草料紙(えいそうりょうし)として日本でも作り始められた。後に襖に張られるようになり、大きく発展したのは江戸時代中期といわれている。浮世絵師・菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の作品には、京唐紙を刷る職人の姿が描かれている。
 顔料に雲母が用いられているため、うっすらと上品に光るのが特徴で、蝋燭の暗い明かりに照らされた京唐紙の一部が、炎のゆらめきに合わせてきらめく様は趣がある。
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2007/8/3


猿投山の球状花崗岩 Sanage-yama-no-kyujyou-kakou-gan The Round Granite Stones at Mt. Sanage

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 猿投山(さなげやま)は、愛知県豊田市加納町広沢にそびえる標高629mの山である。
 猿投山の球状花崗岩(きゅうじょうかこうがん)は、猿投山の山頂近くの広沢川右岸にある小川に露出している珍しい岩で、国の天然記念物に指定されている。
 花崗岩の結晶が菊花の花弁に似ているところから菊石とも呼ばれ、このあたりの川床や岸の雲母花崗岩の中に多く見られる。
 花崗岩類にこのような現象が見られることは珍しく、大きさは、4~8cm、中心部は2~3cmほどにもなる。
 この模様は花崗岩の構成要素である石英・長石・黒雲母が放射状に配列したことにより形成されたものであり、このような模様を形成する花崗岩はきわめて珍しい。
 周辺は遊歩道として整備されており、安全に訪れる事が出来る。
 猿投山の球状花崗岩は、珍しくて美しい模様をした岩である。
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2007/1/22


成巽閣 Seisonkaku Seisonkaku Villa

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 文久三(1863)年の建築。兼六園の中にある。当初は巽御殿(たつみごてん)と呼ばた。
 加賀藩十三代藩主前田斉泰が母である隆子(真龍院・十二代斉広夫人)のために建てた隠居所。
 金沢城から東南の方角、つまり巽にあり、また京都の鷹司家が辰巳殿と呼ばれており、それにも習ってこの名前がついた。
 二階建てで、一階は書院造り、二階は数寄屋造りになっている。重要文化財に指定されているが、江戸時代末期の代表的な建築物である。
 建物の内部は、心配りの行き届いた優雅な空間となっている。
 壁は紙貼りとして土を使わず、階下には紅い漆を用いた。さらに雲母や金などを使い文様が描かれている
 全体的に、色彩豊かな装飾は、成巽閣の大きな特徴である。
 また、成巽閣の庭である飛鶴庭も、国の名勝と指定されている。現在は、歴史博物館となっている。
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2006/12/19


龍渓硯 Ryukeisuzuri Ryukeisuzuri ink-stones

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 長野県上伊那郡辰野町の西方に位置する横川の山中に産する「龍渓石」(黒雲母粘板岩)から作られるのが、「龍渓硯」だ。
 今から170年ほど前の江戸時代、高遠藩は基盤産業に乏しく財政難に苦しんでいた。鉱山でたまたま硯に適した良質な石の存在を知った藩主は、独自に御用硯工を招いて硯の製造技術を育んだのであった。こうして鍋倉沢の砥石が硯石へと変わっていったのである。
 明治時代になると、鉛筆・ペン・万年筆などの普及により、硯の使用が少なくなり存亡の危機に陥った。この硯が再び脚光を集めるようになったのは昭和のはじめ。時の県知事によって「龍渓硯」と名付けられ、その質の高さと、手間暇を惜しまぬ伝統技法が全国に伝えられ、書家たちの注目するところとなった。
 龍渓硯の石質は緻密でほどよい固さを備え、墨のおりと発色がよい。全国の書家、画家、コレクターたちに愛される所以である。
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