NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/9/5


竹駒神社 秋季大祭 Takekoma-jinja Syuuki-taisai 

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 承和九(842)年に創建され、日本三大稲荷の一つに数えられる古社、竹駒神社では、毎年九月の第四土日の二日間にわたって秋季大祭が開催されている。
 豊穣の秋を迎えての御神恩に感謝を捧げる、竹駒神社が鎮座する宮城県稲荷町を挙げての盛大な祭りだ。
 まず、初日となる土曜日には宵宮祭(よいみやまつり)が行われ、市内商店や氏子崇敬者の方々による献灯祭、ビックリ市、芸能まつりなどが神社外苑で開催、華やかな宴の始まりを告げる。
 そして翌日の日曜日が本祭となる秋季大祭で、朝から竹駒音頭や竹駒林の山車が繰り出され、祭のクライマックス到来を告げる。午後からは本宮・青龍・白弧・朱雀・玄武の小神輿5基と市内の各町内子ども会によるたる神輿三十基が繰り出し、祭りは最高潮を迎える。
 日本人が思い描く純然たる日本の秋祭りが、二日間にわたって繰り広げられる。
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2008/7/24


最上稲荷(妙教寺) Saijou-inari(Myooukyou-ji) 

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 最上稲荷妙教寺(さいじょういなりみょうきょうじ)は岡山県岡山市にある寺であるが、日本三大稲荷の一つでもある。日蓮宗系の独立宗派である最上稲荷教の総本山になっており、明治の神仏分離令の折にも神仏習合を許されたお寺である。
 創建は岡山出身の僧で天平勝宝四(752)年に孝謙天皇のご病気を祈祷で快癒したとされる報恩大師(ほうおんたいし)といわれている。当初は龍王山神宮寺と呼ばれていたが、豊臣秀吉の備中攻めの折に焼失、慶長時代に日円上人が再興、その際に稲荷山妙教寺と改められた。
 寺前の参道には神仏習合を思い起こさせるように鳥居が立っているが、山門にいたっては薬医門である。石段を登り山上に行くと巨大な本堂が建てられている。さらに上に上がると報恩大師が修行をしたといわれる八畳岩や旧の本堂跡があり、周りには多くのお稲荷さんが祀られている。本堂跡付近では他の寺にはない神秘的な雰囲気が漂っている。不思議な感覚を呼ぶお寺である。
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2008/7/22


門前町 Monzen-machi Monzen-machi

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 門前町(もんぜんまち)とは、有力な寺院・神社の周辺に、参拝客を相手にする商工業者が集まることによって形成された町のことである。
 神社の場合には鳥居前町(とりいまえまち)ともいい、広義には、寺院・神社の信徒が近隣に集落を形成した寺内町(じないちょう)・社家町(しゃけまち)も含めて門前町という。
 成田山新勝寺の千葉県成田市、日光東照宮・日光二荒山神社・輪王寺などの栃木県日光市、豊川稲荷の愛知県豊川市、伊勢神宮の三重県伊勢市、出雲大社の島根県出雲市、金刀比羅宮の香川県仲多度郡琴平町などが代表的な門前町とされる。
 規模が大きいものは、宗教都市として定義する場合もある。
 門前町は、主に平和であった江戸時代に形成された、神社や寺が庶民の暮らしに貢献しながら育まれた町人文化が体現されている町である。
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2008/7/14


福島 まさる Fukusima Masaru Fukushima Masaru

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 「まさる」は、福島地方の正月にかかせない縁起物の玩具である。
 竹弓の弓幹(ゆがら)に「福」と書かれた旗、そして弦にはウサギの白い毛がちょこんとついた素焼きの土鈴がついている。この土鈴を弦の上あげて、手を離すと「カラコロ」と素朴な可愛らしい音をたてて、ヒョコヒョコと降りてくる。
 これを神棚に奉ると商売繁盛、五穀豊穣に恵まれると言われ、年末年始には福島県内の各地の露天で「去年にまさる、福まさる、買わんしょ、買わんしょ」というお囃子が聞こえてくる。「まさる」という名は、去年に「勝る」・福「勝る」、または「魔去る」、そしてうさぎの毛は「儲け」に由来するといわれる。
 年末年始の福島稲荷神社の歳の市、旧正月の黒岩虚空蔵尊満願寺の十三参りと信夫山羽黒山神社の暁詣りなど、新年の幸を求めて沢山の人が買い求め、カランコロンと素朴で心地よい土鈴の音が響く。
 
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2008/7/3


麒麟獅子頭 Kirin-shishigashira 

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 麒麟獅子舞(きりんししまい)は因幡地方、現在の鳥取県に伝わる獅子舞である。
 獅子舞は中国から伝わったもので祝いの席や神事の時に祭囃子に合わせて獅子が踊るものである。江戸時代の慶安元(1648)年に初代鳥取藩主となった池田光仲がはじめたといわれている。
 頭は中国の伝説の動物である麒麟の角と面長な頭部、そして獅子の太い眉と口が融合したもので、舞はこの頭を被る二人たちの獅子舞とやはり中国の伝説上の動物である猩猩(しょうじょう)の姿をした先払いの三人で舞う。
 麒麟獅子の頭の中でも国府町の稲荷神社にあるものが一番古く一六世紀、室町時代の作といわれている。
 鳥取県以外では、広島の広島東照宮、北海道利尻島の長浜神社だけにしか見られない伝統芸能であり、麒麟獅子舞は鳥取県の無形文化財に指定されている。
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2008/7/2


稲荷鬼王神社 Inari-kiou-jinja 

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 稲荷鬼王神社(いなりきおうじんじゃ)は、東京都新宿区歌舞伎町の北端に位置する。江戸時代、ここは大久保村と呼ばれ承応二(1653)年に、村の聖地であったこの聖地に氏神として稲荷神社が創建された。また宝暦二(1752)年には、村の百姓・田中清右衛門が紀州熊野から鬼王権現を勧請し、天保二(1831)年に稲荷神社と合祀して稲荷鬼王神社となった。
 祭神は、宇賀能御魂命(うがのみたまのみこと)と鬼王権現である月夜見命(つきよみのみこと)、大物生命(おおものぬしのみこと)、天手力男命(あめのたじからおのみこと)である。
 神力を象徴する鬼は、全ての災禍を祓うとされ、武士から商人まで沢山の参拝客で賑わった。湿疹・腫れ物などの平癒祈願のために豆腐を供えたり、熱病、子供の夜泣きを鎮める「鬼の石像」や、運が帰ってくる「かえる石」など、様々なご利益があるとされ、今も地元の人々に親しまれている。
 毎年二月三日の節分祭りの他、毎年九月一八日の例大祭には鬼面の彫られた珍しい神輿が練り歩く。
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2008/6/2


春子稲荷 Haruko-inari 

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 和歌山県和歌山市紀三井寺に位置し、宝亀元(770)年に建立された名刹、紀三井寺。
 西国三十三箇所の第二番札所であり、関西一の早咲き桜が季節になれば咲き乱れる、そんな華やかな境内の一角にひっそりと佇んでいるのが春子稲荷(はるこいなり)である。
 天正十三(1585)年、豊臣秀吉による紀州攻めの際、恋した男の死に直面した春子という娘が白狐に姿をやつし、その身を挺して大将であった羽柴秀長に直訴、紀三井寺を攻撃しないという証文を取り付けて息絶えたという。
 その春子が祀られているのが春子稲荷であり、以来、人々は戦火から救った春子に厄除け、危難除けのご利益を求めて、丁重に祀ってきたのである。
 関西の春は、紀三井寺から。
 春子がいる寺には、関西で一番早くに春がやってくる。
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2008/5/26


東伏見稲荷神社 Higashifushimi-Inari-jinja 

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 全国に三万社以上あるといわれる稲荷神社。その総本宮、京都の伏見稲荷大社から昭和四(1929)年に分祀、創建された神社が西東京市東伏見の東伏見稲荷神社(ひがしふしみいなりじんじゃ)である。
 総本宮から分霊を奉迎したのは全国で東伏見稲荷神社だけで、関東の熱心な稲荷信者達の熱望が叶えられ「東」の伏見稲荷神社ということで東伏見稲荷神社と名づけられたといわれている。地名は神社由来とされている。
 稲荷神社の特徴である赤い大きな鳥居が迎える静かな境内。朱塗りの社殿には、宇迦御魂大神(うがのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さだひこのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)の三人の神が祀られている。本殿の裏、木々に囲まれた静かな空間には「お塚」と呼ばれる「稲荷祠十六社」がある。
 東伏見稲荷神社は、家内安全・商売繁盛・交通安全の祈願に多くの人が訪れるという。
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