NIPPON Kichi - 日本吉

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2008/8/26


朝日文楽 Asahi-bunraku 

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 明治初期、朝立浦の井上伊助が、松ノ木の瘤や桐の木で、人形の頭や胴体を作り、一口浄瑠璃で人形を操ったことが朝日文楽の起こりとされている。
 その後、徳島県の平六座から本格的な頭、衣装、道具を購入し、財産家、地区住民の支援によって次第に整えられていった。
 人形は一体およそ20キロ。人形一体を3人で動かす。また眉や眼が動く仕掛けもあり、喜怒哀楽の表情や、見栄を切るときの表情に迫力をつけることもできる。
 明治四三(1910)年、大阪の道頓堀の朝日座を模して、朝立の埋立て地に芝居小屋「朝日座」が建てられ、その朝日座を中心に活躍したことから、朝日文楽と命名された。
 以来、戦争などによる盛衰や、高齢化などの問題はあったものの、郷土の誇りとして保存伝承するため、町をあげて努力している。
 昭和三九(1964)年に愛媛県指定の重要文化財にもなり、ますます注目されている。 
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2008/8/22


大谷文楽 Ootani-bunraku 

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 大谷文楽(おおたにぶんらく)は、愛媛県大洲市肱川町大谷に伝わる郷土芸能である。県の無形文化財に指定されている。
 嘉永六(1853)年、人形芝居で全国を回っていた吉田伝次郎一座が大谷地区を訪れた際、将軍家慶が死去し、歌舞音曲が禁じられたため大半は帰国した。残った座員が庄屋の保護を受け、地区の青年に人形の操り方を教えたのが始まりといわれる。以来、農閑期の楽しみとして親しまれ、その技は代々受け継がれてきた。
 浄瑠璃、三味線、人形が三位一体になって日本人の心を描く文楽で、人形の頭と右手、左手、足を3人が三味線と語りに合わせて見事に操る。
 市に残る大谷文楽人形頭・衣装・道具一式も貴重なもので、県指定有形民俗文化財となっている。
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2007/12/26


文楽 Bunraku 

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 文楽(ぶんらく)は、日本の伝統芸能である人形劇、人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)を示している。
 人形浄瑠璃は室町時代に生まれ、一七世紀、江戸町民文化が花開いた元禄時代に大成した。のち一九世紀初旬になると植村文楽軒が大阪に人形浄瑠璃の小屋を建て人気を復興し、人形浄瑠璃と文楽が同じ意味として使われるようになった。その後全国へ伝播されていき、現在も各地方で雅やかな形態のまま伝承されている。
 文楽は男性によって演じられ、浄瑠璃語り役の太夫(たゆう)、三味線の音色、人形の動きの絶妙な三位一体の演芸で成り立っている。
 語りと音色の絶妙な間の取り方、人間の役者以上に優雅で人情味豊かなしぐさをする人形の演技、長い年月で洗練されたストーリーなどで観客を魅了する。
 高度な古典芸能であり、平成一五(2003)年に世界無形遺産に指定されている。
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2007/10/1


知立 山車文楽 Chiryu Dashi-bunraku Chiryu Float Bunraku

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 愛知県知立市で毎年五月二日と三日に行われる、知立神社の祭礼である「知立まつり」で演じられるのが知立山車文楽(ちりゅうだしぶんらく)である。その歴史は古く、承応ニ(1653)年が始まりとされている。
 知立山車文楽は山車の上で行われる文楽であり、知立だけの独特なもの。現在は3台の山車の上で上演されている。延享四(1747)年から二五〇年以上も続いており、国の重要無形民俗文化財に指定されている。また、浄瑠璃は「からくり」だけで上演される大変珍しい文楽でもある。
 からくりの操りには高度な技術が必要とされ、このからくりも、重要無形民俗文化財に指定されている。
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2007/9/21


安倍清明 AbenoSeimei Abeno Seimei

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 陰陽師として知られる安倍晴明(あべのせいめい)は、平安時代の『今昔物語集』、鎌倉時代の『宇治拾遺物語』、歌舞伎や文楽の演目の中で語り継がれてきた伝説的な人物。
 出自には謎が多い。幼少期から怪異を見る力があり、当時の陰陽道の大家・賀茂忠行に師事して、天文・暦法・占術などの知識を吸収した。やがて、式神を操り、病を鎮め、雨を降らせるまでに至ったが、晴明の個性は、時空間を読む力、暦の秘密の把握にあったという。陰陽五行と占術の関係を理論化した『占事略決』を始め、いくつかの秘伝書を記した。
 当時としては異例の85歳という長寿だった。晴明の死後、彼の子孫は土御門家として、歴史の舞台裏で君臨し続けた。京都にある安倍晴明神社には、今でも参拝者の姿が途絶えない。
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2007/8/22


鬼北文楽 Kihoku-bunraku Kihoku Bunraku

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 太夫の語りと三味線の音