NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/12/26


禅 Zen 

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 「禅(ぜん)」とは仏教発祥の地、インドで始まり中国、日本へと伝わった宗教で、「達磨宗(だるましゅう)」「仏心宗(ぶっしんしゅう)」「楞伽宗(りょうがしゅう)」とも呼ばれる。
 釈迦から数えて二八代目の祖・菩提達磨が禅宗の開祖と云われ、中国で発展したのち、一三世紀頃の鎌倉時代に伝えられたとされている。しかし平安時代には既に伝わっていて、京都嵯峨野の檀林寺で禅が講義されたとの記録もある。
 インドで「ディヤーナ」と言われた教えが、中国で禅那(ぜんな)、禅(ぜん)として発展していき、日本へと伝わっていった。そして鎌倉時代以後、武士や庶民などを中心に広まっていき、各地に禅寺が建てられる様になった。
 ディヤーナは直訳すると「瞑想」で、静かに心を落ち着かせる瞑想を通して、悟りを開くというのが禅としての大いなる意義であろう。この背筋を伸ばし、呼吸、心を整える「坐禅」は禅の基本的な修行法である。
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2007/2/1


中宮寺 Chuuguu-ji Chugu-ji Temple

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 中宮寺は、大和三門跡寺院のひとつ。奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺に隣接する、聖徳太子ゆかりの寺院である。
 創建は推古天皇二十九(621)年、聖徳太子が母・穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう)の御所を寺としたと伝えられる。
 尊智女王が入寺してからは門跡寺院(皇族・貴族などが出家して居住した寺院)となった。
 本堂に安置されている国宝の「弥勒菩薩像」は飛鳥時代後期の作で、寄木技法による作例としては最古。右足を組み、右手の指を頬に軽く触れている美しい姿は有名だ。
 また、聖徳太子の死を悲しむ妃、橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が死後の世界を刺繍させた「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)は飛鳥時代の染織の遺品としてきわめて貴重なものである。現在は当寺で模作が拝観できる。 
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2007/1/29


犬飼石仏 Inukai-sekibutsu Inukai Giant Buddha Rock Carving

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 大分県豊後大野市、渡無瀬にある磨崖仏。
 日羅による作とされるが鎌倉以前の特徴を有することから、平安時代の作とも言われる。
 堂中央に結跏趺坐した不動明王(3・7メートル)を主尊とし、右に制咤迦(せいたか)童子(173センチ)、左に矜羯羅(こんがら)童子(170センチ)を脇侍とする。
 わずかに朱の顔料が残る顔は温厚であり、両足の裏を見せて座る姿を持つ珍しい石仏。昭和九(1934)年、国の史跡に指定されている。
 石仏の上方の岸壁には「龍傳山(りゅうでんざん)」の三大朱文と「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」の八大文字が刻まれ、厚い大師信仰が偲ばれる。
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