啼子伝説碑 Naruko-densetsuhi
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啼子伝説碑(なるこでんせつひ)は、宮城県大崎市鳴子温泉にある石碑である。
伝説によると、文治二(1186)年の冬、源義経と主従が、兄の頼朝に追われて奥州藤原氏のもとに逃げ延びる途中、北の方が弁慶の助けを得て亀若丸を出産したという。
追われる身を知ってか知らずか、その子は産声一つあげず、尿前の関を越えて鳴子温泉に入り、河原湯の温泉につかった時に初めて産声(啼声)をあげたといわれる。
そのため、この地は「啼子」にちなんで「鳴子」という名になったと伝えられる。
寛政一一(1799)年、鳴子温泉神社の鳥居の脇に、啼子之碑が建立された。これが、啼子伝説碑である。
啼子伝説碑は、奥州の義経伝説を彩る、古い石碑である。
伝説によると、文治二(1186)年の冬、源義経と主従が、兄の頼朝に追われて奥州藤原氏のもとに逃げ延びる途中、北の方が弁慶の助けを得て亀若丸を出産したという。
追われる身を知ってか知らずか、その子は産声一つあげず、尿前の関を越えて鳴子温泉に入り、河原湯の温泉につかった時に初めて産声(啼声)をあげたといわれる。
そのため、この地は「啼子」にちなんで「鳴子」という名になったと伝えられる。
寛政一一(1799)年、鳴子温泉神社の鳥居の脇に、啼子之碑が建立された。これが、啼子伝説碑である。
啼子伝説碑は、奥州の義経伝説を彩る、古い石碑である。
- 住所
- 989-6711宮城県大崎市鳴子温泉
- 名前
- 啼子伝説碑
- 電話
- 0229-82-2102