NIPPON Kichi - 日本吉

2007/2/21

量興寺 Ryoukou-ji 

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 飛鳥時代、推古天皇の発願により創建された寺で、当時は「多可寺(たかでら)」と称した。境内は三町四方を擁する広さで、地方屈指の古刹だったという。
 時代の推移に伴い、寺域も減っていったが、付近一円が皇室御領に属したため、平安時代の鳥羽天皇の御世に九条民部卿顕頼が、寺の一部分に伽藍を建立、名を改めて現在の名、「量興寺」とした。
 その後、鎌倉時代には藤原氏の厚い信仰を得て興隆を極めるが、藤原氏の勢力が衰退するにつれて、量興寺も存亡の危機に陥ることとなる。しかし、安土桃山時代の天正六(1578)年、これを嘆いた当時の地頭矢田部越中守長久が本堂を再建、御本尊に薬師如来像を安置し、良寛上人を招いて開山としたという。
 以来、四〇〇年もの間、法灯を絶やすことなく今に至っている。この寺は、境内の蓮の花でも有名で、毎年7月にはハス祭りが行われる。

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住所
679-1115 兵庫県多可郡多可町中区天田160
名前
量興寺
電話
0795-32-2301
HP
http://www.page.sannet.ne.jp/ryokoji/




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