NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/11/9


長福寿寺 Chouhukujyu-ji 

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 長福寿寺(ちょうふくじゅじ)は、千葉県長生郡長南町長南にある天台宗の寺である。本尊は阿弥陀如来。
 延暦一七(798)年、桓武天皇の勅願により、伝教大師・最澄によって創建された。
 正式名を、三途河頭極楽東門蓮華台上阿弥陀坊太平埜山本実成院長福寿寺と言い、日本一長い勅号とされている。
 関東における学問所として、房総内外の寺院子弟の教育にあたり、中世においては西の比叡山、東の三途台と称せられ、房総三国における大本山として末寺308ヶ寺を有した大寺である。
 現在は研修道場としても開放され、各種講演会が開催されている。境内には紅花が咲いており、所蔵の木造慈恵大師坐像は、県指定の有形文化財になっている。
 長福寿寺は、長い歴史を誇る関東随一の大古刹である。
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2007/10/23


廬山寺 Rozan-ji 

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 廬山寺(ろざんじ)は、京都市上京区寺町通広小路にある圓浄宗本山の寺院。本尊は平安時代作の阿弥陀如来。
 天慶元(938)年、比叡山天台一八世座主・元三大師良源によって、平安京の中心軸「朱雀大路」の延長線上に位置する船岡山の南に創建。寛元年間(1243~46)に僧・覚瑜が再興し、中国の廬山にならって廬山天台講寺と号した。応仁の乱で焼失。その後、信長の焼き討ちは免れたが、後に秀吉により現在地に移される。
 平安時代には、紫式部の曽祖父、権中納言藤原兼輔(堤中納言)の邸宅があった場所で、紫式部はこの地で育ち、ここで「源氏物語」「紫式部日記」などを執筆したと伝えられている。紫式部にちなんだ源氏の庭は砂の白と苔の緑が巧みに配され、そこに清楚な桔梗が色を添え、他に類を見ない気品のある見事な庭園となっている。
 また、京都北山に聖徳太子が建立した金山天王寺の本尊の如意輪観音菩薩と脇侍の毘沙門天像は、明治以降、この廬山寺に安置され洛陽三十三ヶ所観音霊場や京都七福神として信仰を集めている。
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2007/4/16


川越 喜多院 Kawagoe Kitain Kawagoe Kitain Temple

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 川越の喜多院は、埼玉県川越市小仙波町にある天台宗の寺である。本尊は阿弥陀如来で、関東三十六不動28番とされる。別名、川越大師とも言われる。
 天長7(830)年、淳和天皇の命で慈覚大師円仁が建立し、当初は無量寿寺と号した。
 永仁4(1296)年、尊海が慈恵大師を勧請して無量寿寺を再興し、北院・中院・南院となる各房が建てられたが、中院、南院は戦国末期に滅びた。
 天正16(1588)年、天海が入寺し、寺を喜多院と改めた。
 寛永15(1638)年、火災で山門以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城御殿の一部を移築した。
 現在、喜多院は多くの文化財を所持し、正月3日には初大師・だるま市が立ち、五百羅漢などの見所も多く、参詣する者が後を絶たない寺院である。
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