NIPPON Kichi - 日本吉

2006/12/11

荒川豊蔵(人間国宝) Arakawa Toyozou(Ningen-kokuhou) Arakawa Toyozo (Human National Treasure)

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 志野・瀬戸黒の人間国宝、荒川豊蔵が生まれたのは1894年、製陶の町として知られる岐阜県多治見市。陶芸家としてスタートしたのは意外と遅く、40歳を迎えようとする頃だったが、それまでの人生でも、全国各地で陶磁器に関わる仕事をしていたという。北大路魯山人との交流は深く、荒川の生涯に最も大きな影響を与えた人物ともいえる。
 1930年、36歳のときに可児市大萱牟田洞で、桃山時代に志野などを焼いた窯を発掘。これは、桃山の志野が、瀬戸ではなく美濃で焼かれていたことを実証した日本陶芸史の画期的発見となった。これをきっかけに、荒川はここに移り住み、陶器作りを始めたのであった。そのとき40歳。作陶人生の拠点となった出来事である。それ以降、桃山陶再現の火付け役となり、古典復興の主導者としてその力強く気品高い作風のごとく、情熱的に活躍する。1955年、59歳のときに志野・瀬戸黒の技術で人間国宝に認定される。1985年、91歳で逝去するも、器に吹き込まれた命により、その志はいまも脈々と受け継がれている。

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住所
507-0901 岐阜県多治見市土岐郡笠原町
名前
荒川豊蔵




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