NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/18


橋牟礼川遺跡 Hashimure-gawa-iseki 

Jp

 橋牟礼川遺跡(はしむれがわいせき)は、鹿児島県指宿市十二町にある縄文時代~平安時代にかけての遺跡である。国の史跡に指定されている。
 縄文時代は弥生時代よりも古く、縄文土器と弥生土器を使っていた人々は部族が違うのではなく、時代が違うという、今日では当たり前のような事を初めて立証した遺跡として有名である。
 先史時代のポンペイとも呼ばれ、5~6世紀の遺跡とは別に、貞観一六(874)年に開聞岳が大噴火した時の、火山灰で倒壊した建物跡や畑の跡、道の跡など、当時の集落がそのまま眠っている。
 現在、約2ヘクタールが史跡公園として整備されており、8世紀後半頃の竪穴式住居が4棟復元されている。また、貝塚や地層を見学できる展示施設も存在する。
 橋牟礼川遺跡は、古代日本を知ることが出来る貴重な遺跡である。
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2007/8/2


山前遺跡 Yamamae-iseki Yamamae Ruins

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 山前遺跡(やままえいせき)は、宮城県遠田郡小牛田町北浦山前、新山前、清水谷地に広がる縄文時代初期~中世の遺跡である。国の史跡に指定されている。
 大きな独立丘陵から南に張り出した標高15~20mの、段丘上の南側緩斜面に立地している。
 縄文時代早期~中期と、古墳時代~平安時代の集落跡が複合している複合遺跡である。
 古墳時代の竪穴式住居跡や、この住居跡を囲む大溝の跡が発見されている。大溝内からは、木製の鋤先・砧・突き棒、竹製の笊・籠などが出土している。
 他にも奈良・平安・中世にいたる遺構・遺物が発見されており、学術上きわめて貴重な埋蔵文化財とされる。
 現在は、史跡公園として整備・開放されている。
 山前遺跡は、日本の古代が偲ばれる貴重な複合遺跡である。
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2007/6/6


北黄金貝塚 Kitakogane-kaizuka The Kitakogane Shell Midden

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 北黄金貝塚(きたこがねかいづか)は、北海道伊達市北黄金町にある北黄金貝塚公園内にある国指定の史跡である。
 約6000~5000年前である縄文時代前期の、台地上の貝塚と湧水のある低地帯の水場遺構を中心とした集落遺跡と推定される。
 5つの貝塚と住居跡、お墓等から、多数の縄文人の人骨、石器、土器・骨角器などの工芸品が発掘された。
 特に、儀式の場ともなっていた水場遺構は、このような性格の遺跡としては北海道唯一の貴重なものとされている。
 公園内では、貝塚や竪穴式住居が復元され、古代に触れる場として公開されている。
 毎年9月上旬には、公園内を会場に「縄文まつり」が開催され、多くの人で賑わう。
 北黄金貝塚は、縄文時代を体験出来る貴重な遺跡である。
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北海道 常呂遺跡 Hokkaidou Tokoro-iseki 

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 北海道の常呂遺跡(ところいせき)は、北海道北見市常呂町栄浦にある遺跡である。国指定の史跡となっている。
 オホーツク海岸に沿って、常呂川河口からサロマ湖東部に至る、湖岸砂丘上に営まれた約1800年前の集落跡の総称であり、栄浦には「ところ遺跡の森・ところ遺跡の館」という、整備された資料館が存在する。
 遺跡近辺は、カシワ、ナラを中心にした落葉広葉樹の森林に覆われている。
 その中に、約1000年前の擦文文化、約1800年前の続縄文文化、約4000年前の縄文文化の竪穴式住居跡が138軒発見されており、擦文4棟、続縄文1棟、縄文1文の復元住居がある。
 北海道の常呂遺跡は、縄文時代からアイヌ文化期までの遺跡が連綿と続く、全国有数規模の一大集落遺跡群と言える。
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2007/1/26


古代の丘 Kodai-no-oka Kodai-no-Oka and Jomon Village

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 山形県長井市にある発掘された遺跡の博物館。西山山麓、縄文村の中にある。
 長井市は縄文時代の遺跡が多い。昭和52年からの調査によって、この地が旧石器時代から弥生時代までの古代人の暮らしの場であったことがわかった。
 各遺跡から発掘された土偶や考古資料を縄文村で保管、村の中にある「古代の丘」には、土偶の巨大なオブジェななどが置かれている。
 復元された「竪穴式住居」では体験キャンプもできる。
 古くから残る、山、川、丘や森を大切に考え造られた施設でもあり、
 周囲にはめずらしい動物や植物なども生息している。
 秋などは、紅葉が綺麗でキャンプなどもできる。
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2006/12/17


末慮館 Matsuro-kan Matsurokan

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 末慮館は、佐賀県唐津市にある歴史民族博物館で、日本最古の稲作遺跡とされる菜畑地区に在する。「末慮」(まつろ)とは「魏志倭人伝」にでてくる言葉で、唐津市郊外の「松浦」のことである。
 弥生時代の高床式倉庫を模した外観が特徴的である。
 稲作の発祥と伝播についての資料が豊富。復元された水田跡や竪穴式住居、弥生時代の菜畑集落のジオラマ模型がある。常設展示室では、石包丁、炭化米、農機具、鯨骨など出土品を見ることができる
 年間行事として毎年10月に「収穫祭」が行なわれ、稲の収穫に感謝する。
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