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早稲谷鹿踊(わせやししおどり)は、宮城県気仙沼市の早稲谷地区に伝わる伝統芸能である。
宮城県内から岩手県南方にかけて見られる八つ鹿踊り(やつしかおどり)の一つとされ、文政十(1827)年、岩手県大原山口の喜左衛門という人物から、現在の気仙沼市八瀬地区にあたる月立八瀬に住む林蔵に伝承されたものだといわれている。
竹を削って結束した、長さ3m以上になるササラを背中に立てた八人の踊り手が、腰太鼓を打ちながら唄い、勇壮に踊り跳ねる。
祖先の霊を供養する行事として始まり、現在では毎年の旧暦六月二十四日に、地区内にある「甘酒地蔵尊」の祭典で、災厄や疫病を払う魔除けの踊りとして奉納されている。
仙台藩祖、伊達政宗公から「仰山(ぎょうさん)なり」と賞詞されたという言い伝えから「仰山流」と称するその踊りは、その名のとおり鹿の動きを大げさに、しかし優美なまでの舞として今に伝え、我々を楽しませてくれている。
宮城県内から岩手県南方にかけて見られる八つ鹿踊り(やつしかおどり)の一つとされ、文政十(1827)年、岩手県大原山口の喜左衛門という人物から、現在の気仙沼市八瀬地区にあたる月立八瀬に住む林蔵に伝承されたものだといわれている。
竹を削って結束した、長さ3m以上になるササラを背中に立てた八人の踊り手が、腰太鼓を打ちながら唄い、勇壮に踊り跳ねる。
祖先の霊を供養する行事として始まり、現在では毎年の旧暦六月二十四日に、地区内にある「甘酒地蔵尊」の祭典で、災厄や疫病を払う魔除けの踊りとして奉納されている。
仙台藩祖、伊達政宗公から「仰山(ぎょうさん)なり」と賞詞されたという言い伝えから「仰山流」と称するその踊りは、その名のとおり鹿の動きを大げさに、しかし優美なまでの舞として今に伝え、我々を楽しませてくれている。
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