NIPPON Kichi - 日本吉

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2007/9/11


鳳鳴四十八滝 Houmei-shijuuhattaki The Homei Shijuhattaki Falls

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 鳳鳴四十八滝(ほうめいしじゅうはったき)は宮城県仙台市青葉区を流れる広瀬川上流、国道48号沿いにある滝である。
 大小様々な滝が折り重なるように流れる鳳鳴四十八滝。その一番大きな部分の滝は、かつて棒目木(ぼうめき)の滝と呼ばれたこともあった。鳳凰の名の由来は「滝の音が重なりあい、それが伝説の鳥である鳳凰の鳴き声に似ているから」といわれているが、諸説あり、明確なことは不明である。
 周辺は鬱蒼とした木々に囲まれ、滝の涼やかな音だけが響き渡る。滝は絶壁部分を流れ落ちていくため、体を乗り出して覗きこまねば全体像を見ることが出来ない。見るのには少し勇気がいる滝である。
 滝の上部は大きな釜がいくつもつながったように見える。水流が釜から釜へ連続して滑り落ち、岩に砕け散りったものが白い泡のように見える様はいつまでも飽きさせない。
 その昔、天女が降りて舞を踊ったという伝説が残されているが、それがまるで真実であるかのように思える地である。
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2007/8/2


氷室薬師堂 Himuro-yakushi-dou Himuro Yakushido

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 宮城県大崎市にある氷室薬師堂(ひむろやくしどう)は、正式名称を村上寺と称し、大同二(807)年に坂上田村麻呂が将兵の安全を祈り、建立したものと伝えられる非常に歴史のある寺だ。
 以来、鎮護国家衆生利益の道場として栄え、今に至ることとなる。
 鎮護ももちろんだが、特に眼病の霊験あらたかであるといわれ、今も遠近から篤い崇敬を受ける名刹としても知られている。
 拝殿脇には、神社で言うところの絵馬に相当する、目の部分が穿たれた、顔を模写した石がうずたかく詰まれており、訪れる人々の氷室薬師への篤い信仰が伺われる。
 またこの寺は宮城に昔から伝わる逸話の舞台でもある。
 根っからの臆病者の武士が、それを払拭すべく薬師堂に百日詣でをするも、満願の夜に現れた妖怪に勇気を出して切りつけてみたら、御堂の柱だったという話で、今もその刀傷を見ることが出来る。
 荘厳かつ霊験あふれる場ではあるが、なんともほっとする逸話も残す、不思議な空気を纏った寺である。
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2007/7/23


丹生神社 笑い祭 Nyuu-jinja Warai-matsuri Warai Festival at Niu Shrine

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 丹生神社の笑い祭(にゅうじんじゃのわらいまつり)は、和歌山県日高郡日高川町江川の丹生神社にて毎年10月10日に行われている例大祭である。和歌山県無形民俗文化財に指定されている。
 10月の神無月に、出雲である八百万神の会議に寝過ごして遅れてしまった丹生神社の氏神である丹生都姫の命を慰め、笑いで勇気づけたとのが由来と伝わる。
 カラフルな衣装に身を包んだピエロのような鈴振りが農作物で飾り付けられた升を持った12人の升持ちを従え、神輿や屋台を誘導し、笑い声をあげながら「笑え、笑え」とひょうきんな仕草を披露する。
 鈴振りは「世は楽じゃ、家は楽じゃ」と言いながら練り歩き、その様子に観客も吹き出してしまう。
 丹生神社の笑い祭は、ユーモラスな神代の伝説を持つ奇祭である。
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2007/5/22


山口安次郎 Yamaguchi Yasujiro Yasujiro Yamaguchi

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 明治三七(1904)年一〇月一日生まれ。西陣織の中でも特に高い技術と熟練を必要とされる「唐織」という技法を使い、能装束を制作。
 小学校卒業後より、機織を始め、90年以上に渡り織り続けている。
 戦後、金剛流宗家・初世金剛厳の依頼をうけ、300年前の能装束の復元を始めたことより、能装束の研究にも従事。
 国内外より高い評価をうけ、戦後、マッカーサー元帥に能装束裂地を寄贈した他、現在では、世界各地の美術館に作品が収蔵されている。
 能装束の他にも、祇園祭等での天水引の復元は、内張絹を復元現状するなどを手がけている。
 昭和五七(1982)年に「現代の名工」に選ばれ、また、昭和五八(1983)年には長年の功績を評価され、勲六等瑞宝章を授与されている。
 実兄の山口伊太郎翁とともに、ご兄弟で二百歳を超えてなお、現役で西陣織という伝統を進化させ、挑戦し続けている姿は、人々に勇気を与えてくれる。
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2007/2/21


博多どんたく Hakata-dontaku 

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 博多どんたくは、福岡県福岡市にて毎年5月3日と4日に開催される祭りである。
 どんたくの語源はオランダ語で、休日という意味である。よく使われる「半ドン」も、半分ドンタクが省略された言葉である。
 筑前国続風土記によると「松ばやし」という祭りの始まりが、今から約800年前の治承3(1179)年であると記されている。
 どんたくの名称は、明治時代に一時禁止されていた松ばやしを復活させる際に使われた。
 現在では出場者約3万人、見物客約200万人で、ゴールデンウィーク期間中、日本で一番の祭りといわれるようになった。
 博多どんたくの起源であり中核といえる博多松ばやしは、選択無形民俗文化財とされている。
 博多どんたくは、年に1度の無礼講であり、見るものに勇気を与えてくれる祭りである。
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覚住寺 Kakujyuu-ji 

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 飛鳥時代の推古天皇の頃、6世紀末期に聖徳太子のみことのりに依り創建されたと伝えられる古刹。淡路島でも最古の寺院のひとつ。
 往時には七堂伽藍を備えた広大な寺領には脇寺も多くあり、威容を誇る大寺院であった。時代を経る中で焼失の憂き目に合い、現在の寺は江戸時代に再建されたもの。
 この寺は、七福神のひとつであり、勇気と決断を授け、病魔や厄災から身と財産を守る神、「毘沙門天」を祀る。
 淡路島には、数多くの史跡や文化遺産があり、四百余りの社寺が点在している。それぞれ古くから人々の信仰を育んできたが、とりわけ七福神信仰は淡路島内外の厚い信仰を集めてきた。覚住寺は、恵比寿様を祀る万福寺や大黒様の八浄寺などとともに七福神巡りの一仏閣として、一年を通して開運を願う参拝客で賑わう。
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