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佐敷城(さしきじょう)は熊本県葦北郡の標高85メートルの丘に建てられていた山城である。
南北朝時代、薩摩の名門篠原氏一族の佐敷氏による築城と伝えられている。後の天正九(1576)年にはこの地を攻略した島津義久の配下となったが、天正一五(1582)年には加藤清正の領地となり加藤重次が城主となった。しかし、江戸時代の元和元(1615)年の幕府の一国一城令により廃城。その後も佐敷城跡は要所として佐敷番代が置かれていた。
現在城跡である山頂部分はきれいに整備され、当時のままの石垣が復元されている。山頂からは360度、パノラマ風に周囲の風景を見渡すことが出来る絶景の地でもある。
南北朝時代、薩摩の名門篠原氏一族の佐敷氏による築城と伝えられている。後の天正九(1576)年にはこの地を攻略した島津義久の配下となったが、天正一五(1582)年には加藤清正の領地となり加藤重次が城主となった。しかし、江戸時代の元和元(1615)年の幕府の一国一城令により廃城。その後も佐敷城跡は要所として佐敷番代が置かれていた。
現在城跡である山頂部分はきれいに整備され、当時のままの石垣が復元されている。山頂からは360度、パノラマ風に周囲の風景を見渡すことが出来る絶景の地でもある。
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